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いつになく畏まって見えるのだろう有坂に、沖は優しい笑みを浮かべてコーヒーを淹れて勧めてくれた。
「やっぱりここじゃ落ち着かないよな。元々寛ぐための場所じゃないし」
沖も恋人をどこに座らせたらいいのか、迷ってはいたようだ。
「ソファとかないから床だけど、それでもよかったら向こう行かないか? こっちよりはマシだと思うからさ」
コーヒーを飲み干して少しは楽になった有坂は、沖に促されて奥の部屋に移動する。
誘導されるままにベッドのすぐ脇に敷いてあるラグの上に座って足を投げ出し、ベッドに凭れた。
失礼にならないようにと思いつつも、有坂はようやく湧いて来た好奇心を押さえられずに部屋を見渡してみる。
フローリングの部屋にベッドと机と本棚とテレビ、本当にそれくらいしかない。
入り口の反対側は大きな窓で、バルコニーに出られるようになっていた。それほど広くはないけれど、いかにも沖の住まいという感じできちんと片付いている。むしろ余計なものが何もなかった。
(そうか、一人暮らしの部屋であまりにも物が多かったり散らかってたりしたら、生活できなくなっちゃうのか)
部屋の壁に扉がいくつかあるのはクローゼットか。服や荷物などはその中に仕舞ってあるのかもしれない。
(俺なら実家だから、もし自分の部屋が足の踏み場もなくなっても、極端な話机とベッドの上さえ空いてれば勉強と寝るだけはなんとかなるもんな。それ以外は食事も何もかも全部、他の部屋でやればいいんだし。でも一人でこういう家に住んでたら、そもそも逃げる『他の部屋』がないんだから……)
「どうした? 別に何も珍しいものないだろ」
同じように横に腰を下ろして来た沖が、部屋の中を見回している有坂の姿を見て不思議そうに訊いて来る。
「逆に素っ気なさ過ぎるくらいじゃないか?」
「あ、なんかいろいろ見ちゃってゴメン」
「いや、それは構わないけど。初めて来た部屋だから気になるだろうし。見られて困るなら、そもそも家になんか上げないさ」
「ありがと、先生」
沖の言葉に、有坂も素直に返す。
「先生の部屋だからっていうのはもちろんあるんだけど。俺こういう……、なんていうかひとり用の家って初めてだから」
「あーそうか。そうかもなぁ。大学生なら実家離れてアパートやマンション暮らしなんてよくいるし、そういう奴の家に遊びに行くことも多いから当たり前の気がしてたけど。確かに高校生ならまずないよな」
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