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沖は改めて、有坂が高校を卒業したばかりだということに思い至ったらしい。
「実家出て通うにしても、寮とかだろうし。どっちにしても、ウチの高校は基本自宅通学だけど」
「うん、今までホントに周りに居なかったからさ」
「まぁこれから大学で友達もできるだろうから、その中に一人暮らししてる奴がいたらそのうち遊びに行くこともあるんじゃないか?」
「そうだね。でもそうなのか、やっぱり大学って高校までとは全然違うんだろうなぁ」
そんなごく日常的な会話のどこにスイッチが入る要素があったのか。
有坂にはまったく予兆さえ感じられなかったが、いきなりすぐ隣で普通に話していた筈の沖が、身体を捩って抱き締めて来た。
驚いて声も出せないままに、沖が唇を重ねてくる。大きな掌で頭を支えるようにされて、逃れようもないままに舌が入り込んで来た。
(……沖先生、って、こんな)
噛みつくような激しいキスに、有坂は頭がくらくらした。そして、さっきの玄関先のあんなのは数のうちにも入らないんだ、とぼんやりした頭の片隅で思う。
いや、あれが有坂にとっての『最初』には違いはないのだけれど。
翻弄されるだけのキスからようやく解放されてはぁはぁと息を切らしている有坂に、沖はまた背中に腕を回してくる。
このまま……? と無意識に身構えたが、沖は有坂を抱き締めて腕や背中を撫ででいるだけでそれ以上何もしようとはしなかった。
(……今日は沖先生とそういうことになるのかな、って一応覚悟はしてきたんだけどさ。卒業式の日にも言われたみたいに、やっぱり恋人の家に来るっていうのは「何されてもいいです」って意味になるんだろうし)
突然空気の色まで変わったようなこの部屋で、有坂は少し混乱しながらもあれこれと考えてみる。
(それに、俺は先生とえっちするのは嫌じゃない。ホントに嫌じゃない、んだけど)
いざそういう雰囲気になってみたら、有坂はやはり少し怖くなってしまったのだ。キスされたときも、決して拒んだりしたつもりはないけれど勝手に身体が強張ってしまったような気はするから、それが伝わってしまったのだろうか。
(それとも先生は初めから、今日はそこまでするつもり自体がなかった……?)
少し気にはなったものの、この場で面と向かって訊くことなど有坂にできるはずもない。
第一、そんなことを口にしたら、まるで物足りないと感じているような……。もっとして欲しかったと言うのも同然な気がしてしまって。
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