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自意識過剰なのかもしれないが、恋愛初心者の有坂には、何もかもが未知過ぎて手探りの状態なのだ。
なんとか冷静さを取り戻して、有坂は結果的に放置してしまっていた沖に目を向けた。途端に目が合って、また頭が白くなる。
(ずっと、見てたってこと? 俺があたふたしてるところ)
それでも、沖の顔に面白がるような色はまったくなかった。むしろ心配してくれているような……?
「あの、俺。ゴメン、なんか、その」
とりあえず何か言わなければ、としどろもどろの有坂に、沖は宥めるように優しい声で返してくれる。
「お前が謝ることなんかないだろ。俺の方がちょっと急ぎ過ぎたみたいで悪かったよ。そうだよな、ついこの間まで高校生だったんだし。何も知らないんだよなぁ」
(……先生はいろいろ知ってるみたいですね)
有坂は何故か、悔し紛れにそんなことを思う。
そんな感情が顔に出てしまったのか、それとも有坂の気持ちなんてとうに見透かされているのか。
「俺はお前よりずっと年上だし。その分いろんな経験もしてて当然だろ」
沖が、どこか言い聞かせるような声で話し出した。
「いやでも、俺は大学時代だって特別遊んでたわけじゃないからな。勉強ばっかりでそんな暇なかったから」
何も言われていないのに、焦ったようにそんな弁解をしながら。
「さっきお前もちょっと言ってたけど、高校までと大学やそれ以降の社会じゃ何もかもが違うから。これからお前の世界は今までとは比べ物にならないくらい広がって行くんだし、出会う人間もぐんと増えるだろうな」
有坂がまったく想定したこともないようなことで、沖もまた悩んでいたのだろうか。
「正直言えば、不安もあるよ。これまではそれこそ、同年代以外は俺たち教師くらいしか身近にはいなかっただろ?」
(先生も俺のことで、そんな風に不安になることあるんだ。俺だけじゃなかったんだ、そっか……)
「そんな分母の小さい中だからこそ、お前は俺を選んだのかもしれない。もし俺が最初から大勢の中の一人だったら、どうなってたかわからないんじゃないか?」
「そんなこと──」と咄嗟に否定しようと口を開き掛けた有坂を、沖は片手を上げて制した。そして、弱音にも聞こえる台詞を打ち消すようにきっぱりという。
「それでも、俺はお前を縛ることはしたくないんだ。囲い込んでなにも見せないんじゃなくて、お前が自分の目でいろんなものを見た上で俺と居たいと思ってくれるんじゃなきゃ意味ないからな」
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