薄明にたゆたう

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「きれいだねぇ……ここから見える空」  おれは前を向き、梨花と同じように、住宅街の上の空を見る。  この時間、太陽からの光が淡く差し、空の色は刻々と変化していく。  あたたかい金色からオレンジ、赤、紫、そして深い青へ。  その色合いも、その日の天気や雲の状態で微妙に変わる。  真っ赤に燃える空の日もあれば、やさしくて淡いオレンジ色の空の日もある。  おれはここから見える空の色が好きで、毎日この時間、ここに来ているんだ。 「マジックアワーっていうんだよ」  なんとなくおれはつぶやいていた。 「マジックアワー?」  梨花がこっちを向き、目をぱちぱちさせている。 「魔法みたいに、美しい空が見える時間のこと」 「へぇ……」 「写真家の間では、どんな素人でも魔法のような芸術作品が撮れるから、そう呼んだりもする」 「柊斗くんって……写真家なの?」  その言葉が、ちくんと胸に刺さった。 「いや」  無理やり押し出した声が、変にかすれる。 「なりたかったけどなれなかった、ただのフリーター」  空の色が変わっていく。オレンジから深い赤へ……昼から夜へ近づいていく。
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