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僕はリュックを背負い、家までの道をひたすら走った。
途中、何度か水たまりを踏んだが、気にしている余裕はなかった。
確かめたい。
それだけだった。
「だだいま!!!」
家の扉を開けて、靴を脱ぎ捨てて、真っ直ぐリビングに向かった。
「っ、びっくりした〜、おかえり、ちょっと、ズボンの裾泥ついてるじゃない!あ〜、泥だらけ…雨にも当たったでしょ??
ご飯の前に、さっさとお風呂に入ってきちゃいなさい」
母に背中を押され、リビングから追い出される。
「か、母さん、今日の夕飯は…」
「朝言ったじゃない、今日はあんたの誕生日だがら、って話聞いてなかったのねー」っと母は呆れたように言う。
ああ、そういえば朝、そんなことを言われた気がする。
僕は、汚れた靴下を脱ぎ、リュックを自室に放り込んで、部屋着とバスタオルを片手に風呂に向かう。
脱いだ服を洗濯機に入れて、シャワーを浴び、湯船に浸かる。
廊下の方から「靴も泥だらけじゃない!!」と母の悲鳴が聞こえてきたが、僕は、それどころじゃなかった。
温まった体は脳をゆっくりと動かしていく。
「あの男……最後、なんでうちの晩飯と僕の誕生日、知ってたんだよ……」
風が吹き抜ける直前、HappyBirthday、男は、確かにそう言った。
あの男は、誰だったのか。
浴室から出ると、夕飯までまだ少しかかるから、と母に声をかけられた。僕は自室に入り、ベッドに仰向けに転がる。
18時10分から20分までのたった10分程度話した(_と言っても、ほぼ男が一方的に話していたのだが…_)、男の言葉を思い出す。
そういえば、あの男の話が今の自分に妙に重なって聞こえた。
「明日は、ちゃんと部活行くか…」
それでダメなら、意地を張らずに顧問にでも相談してみよう、他の場所、…男が見つけられなかったという場所を僕は、見つけられるだろうか。
男は、青春は駆け抜けていってしまうものだと言った。
なら、男は、その青い春に取り残されてしまったのだろうか。
「…僕は、春に芽吹いて、咲いてみせるさ」
誰に聞かれるでもなく、言うでもなく、僕は、そう呟く。
昼ではないが、夜と呼ぶにも微妙な時間帯。
あれは、白昼夢かなにかだったのか。
…ああ、ぴったりなものがある。
「誰ソ彼」
貴方は誰と聞いても答えは多分、一生返っては来ないけれども。
あれはきっと、黄昏がみせた現と幻の狭間の一時のなにか、なのだ。
そんなオカルトじみた話、と思うかもしれないが、現実は小説より奇なりともいうでは無いか。きっと僕は、その奇の部分に触れたのだ。
あの男が何者なのかは、もはや気にならない。
けれど、二度とあの男に出会うことはないと、僕はどこか確信めいたものがある。
男の細い体と骨ばった指を思い出し僕は目を瞑る。
あの男の正体はきっと、……。
青い春に埋もれた、どこかの男。
きっともがき苦しんだ男へ僕が唯一、言える言葉。
「HappyBirthday」
どこかの誰かさん。
母の夕飯のができたと呼ぶ声がする。
「今行く!!」
今日の夕飯はカレードリアだ。
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