後篇

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後篇

◆  しかし簡単に何かが変わる訳でもなく、わたしはアルバイト先のパン屋と自宅の往復を繰り返していた。そこに時々ライブが加わるくらいの、単純な日常の繰り返し。  パン屋でも製造は叔父夫婦のしごとで、わたしはトレイに載ったパンを確認して、レジを打つくらいだ。 「いらっしゃいませ」  扉を開けて入ってきた人間に、思わず息を呑んだ。  身頃がライトグレーで袖がホワイトの少しおしゃれなかたちのシャツを着た、細身の青年。髪の色は深い茶色で、清潔感を身に纏っている。  ワンマンライブのときは一瞬でしかなかったけれど、判る。くらげ青年だった。友人らしき男性と2人で談笑している。  咄嗟に、わたしは気づかれないように俯いた。  悪いことをしてる訳でもないのに、心臓が早鐘を打つ。どうか気づかれませんように。  しかしそんな祈りも虚しく、レジに来たくらげ青年は、あれ? と声をあげた。 「もしかして」 「あ、は、はい」  にこっ、と微笑んでくる。 「うわーこんな近くで会えるなんて思ってなかったです。あのときはありがとうございました」 「何? 知り合い?」
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