2章 権五郎神社の福猫ごんごろ失踪事件

5/11
前へ
/48ページ
次へ
 境内を一巡りして社務所の前まで戻った時だった。 「真純おねえちゃん!」  周りにいる参拝客を驚かせるほど大きな声がして、慧もおっさんも振り向いた。  そこには、さっき踏切前でわざわざ注意してきた女の子が勇しげに仁王立ちしている。 「紬ちゃん、学校終わったの?」  真純さんの優しい声に、その紬という子はその場から動かずただ目を見開くようにして答えもせずに真純さんを見つめている。いや凝視していると言ってもいいくらいだ。  やっぱり、あの子だったかと思いつつ見守っていると、 「ごんごろ、見つかったの?」 と紬は言った。  質問に質問で返した紬という子のどこか偉そうな態度に、おっさんが「なんだこの子」と眉をひそめた。  確かに最近の小学生の女の子って、もっとオレや周りの大人に対してちゃんと言葉を選ぶというか、相手を見てちゃんと話をする印象だ。でも目の前の紬という子は、むしろ相手が自分のところにやってくるのが当然みたいな顔をしている。 「ごんごろは、まだ見つからないの。紬ちゃん、見かけた?」 「全然いない。どうすんの、このままいなくなっちゃったら。真純お姉ちゃんたちがちゃんとしてないせいだよ」  見つからないことがさも真純さんたちのせいかのような物言いだった。でも真純さんに動じる気配はなく、本当に申し訳なさそうな顔で紬を見た。 「うん、ごめんね。でもね! このお兄さん2人がごんごろを探してくれるって!」  明らかに信用していないとわかる不機嫌そうな顔がおっさんと慧を見た。 「おじさんたち、なんなの?」  今、おじさん「たち」って言った?  小学生の女子にとっては、男子高校生なんておじさん括りなのか。マジか。  でもまあ、オレにとってのおっさんと同じか。  そう1人で納得していると、隣のおっさんは「おじさん言うな。まだ26だぞ」とぶつぶつ言った。 「オレより10も上じゃん。おっさんだよ」と小さな声で返すと、にらみつけられた。  会った当初はビビったものの、案外そのつぶらな瞳のせいで意外に慣れてしまうと平気になってくる。 「紬ちゃん、この人たちは、ごんごろを探してくれているの。野狐という、」と真純さんは言いかけて、おっさんを見た。 「……探偵、さん、かな?」  便利屋とか古道具屋なんて、小学生には何をやってるか伝わりにくいと思ったんだろう。おっさんは一瞬の間の後、紬に向かって少し中腰になった。 「そう、探偵をやっているんだ。ごんごろを探すお手伝いをしてる」  おっさんは真純さんの言葉を否定せずに紬に近づいた。  でも紬はというと引き結んでいた口をますます強く結んで、おっさんとの距離をとるように2、3歩後退りした。  慧でさえビビった相手なのに、小学生の女の子ならホラー級の怖さか不審者への恐怖ぐらいには感じるだろう。  でも紬は逃げ出さなかった。一瞬だけその子の顔がおっさんを見上げて歪んだようには見えたけれど、ますます不機嫌そうに濃い眉をつりあげて、おっさんをにらみつけている。 「あの、さっきごんごろに毎日会いに来てくれるっては話をした子です。紬ちゃんがごんごろのことを一番よくわかってると思います」  真純さんが紬の不安と、おっさんを敵視するような態度を和らげるようにそばに寄り添った。  さすがにおっさんも自分の風貌が小学生にどう思われるか気づいたのか、それ以上は近づかないでいる。 「そっか。じゃあお兄さんにごんごろのことを教えてほしいんだけど、どうかな?」  お兄さんって柄か。とは、口にしないでおく。 「いいけどなに?」  挑むような口ぶりが、ちょっとやりにくそうだ。とはいえ、ごんごろのためなんだろう。紬は両腕を組んでおっさんをにらみつけるように見上げた。真純さんの体にだいぶ寄り添ってはいるけれど。 「じゃあ、ごんごろは、境内の外だったら、どんなところに行きそうかな?」 「ごんごろは、境内の外なんて行かない」 「いや、お兄さんが言うのは例えばの話なんだけどね」 「行かない。ごんごろは賢いもの。あそこを電車が通るってわかってるし、それが危ないってことも知ってる。人間よりも賢いんだから」 「賢いのか。そうか。じゃあ、どこに行ったんだろうなぁ……」  おっさんはどう接していいのかわからないのか、少し途方に暮れたような声を出した。 「それを確かめるのがおじさんたちの仕事なんでしょ」 「ま、まあ……」  いちいち攻撃的な口調になる子だと、側から聞いていても思う。でもおっさんもさすがに子ども、しかも女の子相手には怒れない。 「じゃあ、ごんごろのこと、なんでもいいから教えてくれないかな?」  そう言われた紬は、なんでか口をつぐんだ。  真純さんが促しても、口を閉じたままになってしまった。境内に渇いた風が吹き抜けて、変に落ちた沈黙をなんとかしようと真純さんが紬をなだめている。  おっさんが大きくため息をついて「お年寄りはなあいいんだけどなあ……」とつぶやいて、途方にくれたようにオレを見た。 「慧、よろしく」と声を出さずに口を動かした。  え、オレ? 「なんで、やだよ」とおっさんに口パクで返すと、おっさんはオレの肩を無理やり自分に引き寄せて、真純さんと紬に背を向けた。 「もし、紬ちゃんからいい情報つかめたら、バイト代出してやるよ」 「いくら?」  すかさず確認する。  金額まで把握しておかないと、あとになって少なさに泣き寝入りすることにでもなりかねない。そうしても逃げられる可能性は否定できないけれど、この前の将棋セットの時を思い出せば、少しは信用できる気がする。 「いや、まあ……」  おっさんの目が泳いだ。  じっと見ていると、「お前、かわいくねえな」と言われた。 「あんたにかわいいとか思われたくないし」 「じゃあ、あれだ。高校生の時給分×5時間は保証する」 「ええ、それだけ? なんかインセンティブないの?」  ポケットからグミの袋を取り出して、刺激マックスと書いているレモンのグミを口に入れた。 「インセンティブ、だと? お前、高校生のくせに、あざとくねえか?」 「そうかな」 「……くっそ、じゃあなんだ……何がいいんだ……。……お前、グミよく食ってるな。じゃあグミとか?」 「時給より安いよ」 「じゃあ……じゃあ……グミ1年分。いやオレが無理だわ。じゃ、じゃあ江ノ電の車掌特別体験とかは?」 「……へえ、走ってる時?」  小さな頃、江ノ電の「たんころまつり」というお祭りで電車を近くに見たり制服を着てみたりと体験したことはある。でもそれはあくまで操車場に停車している動かない電車での話だ。それが走っている江ノ電となるとおもしろいかもしれない。 「は、走ってる時、だな。うん、そうだ」  口から出まかせじゃないだろうか。  そんな疑いをもちたくなるほど目を泳がせたおっさんに、思わずため息をついた。  とりあえず、それで手を打っておこう。 「いいよ。そのかわり、それがちゃんと履行されなかった時は不履行責任ということで覚えておいてね」 「ふ、不履行責任、だあ?」  うなずくと、慧はおっさんから離れて紬に向き直った。  濃い眉の下の険しい目つきが慧を見た。  なんでこんなに敵視するような目で見られるんだろう。全然、身に覚えがない。とはいえ、こっちもさっさとごんごろを見つけて、面倒からは遠ざかりたいし、バイト代とインセンティブをもらってしまいたい。  なにせ、この前ちょうどコンビニのアルバイトを辞めて、金欠だった。  高校の成績が下がったのが親からアルバイトのせいにされたのだ。だったら小遣い制でもいいと言ったのに、自分で稼げとか突き放されてしまった。厳しい。 「あのさ、ごんごろのこと心配なんだろ。だったら、いろいろ聞かせてよ。じゃないと、今もどんどん、ごんごろ危ないことになってるかもしんないじゃん」  そう言ううちに、紬の目があっという間に不安そうに瞬いて、着ているトレーナーの裾を強く握りしめた。真純さんが慌てて紬の肩をやんわりと抱いた。 「おい、慧。いくらなんでも言い方ってもんが」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ごんごろがどういう状況に置かれてるかもわかんないのに、悠長にしてられる? だいたいみんなだって、それぞれ忙しいんだからさ」 「それでも、その子にとっちゃ、ごんごろは大切な存在なんだぞ。お前だって、大切な相手が行方不明になってにべもなく知らないやつから、どうなってるかわかんないなんて言われてみろ」 「……わかったよ。別に、ごんごろにどうにかなっていてほしいわけじゃないし」  言い訳めいたことを言いながら、紬をもう一度見て、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。 「とりあえず、君がごんごろに最後に会ったのはいつ?」  警戒度をあげたような顔で、紬は慧を見た。でも必死で泣きたいのを堪えているようにも見えた。  まるで泣いたらごんごろが帰って来ないとでも思うように張り詰めた顔はさすがにかわいそうになった。確かに、小学生相手にちょっと悪かったなと思う。 「いつも、8時にお母さんが帰ってくるの。お祭りがある日は神社にはお母さんと一緒じゃなきゃ行っちゃだめって。いろんな人がいっぱいいるから」 「じゃあお祭りの日は会ってない?」 「……うん」  紬は唇を引き結んだ。 「じゃあお祭りの前の日は?」 「ちゃんと、いたよ。ごんごろは、あたしが来るまで神社のお賽銭箱の後ろの階段のところで寝てるの。お祭りの前の日も、いつもと同じだった」 「ごんごろは、紬ちゃんをちゃんとわかってるんです。ごんごろに会うと、必ずする決まりごとがあるのよね?」 「あごの下、鼻の脇、ひたい、それから耳の後ろ、しっぽのつけね、って順番に撫でないと文句言うの」 「文句?」 「不満たらたらの声で鳴くんです。もうまっすぐ紬ちゃんを見上げて。で、その通りにすると、ごろごろと気持ちよさそうにのどを鳴らすんです」 「あたしにだけ」  そう言った紬の表情が少し緩んだ。 「そうね、紬ちゃんとごんごろは最高の友達だもんね。ごんごろがそうするのは紬ちゃんだけ。私たちが同じことしても全然なんの反応もしてくれません」  少し寂しげな真純さんと比べると、紬はどこか得意げだ。  紬とごんごろの間には特別な絆があるらしい。 「とりあえず、例大祭があった日、ごんごろがいたかどうかは不明。でもその次の日はもういなかった。それは確かっすよね。社務所にあるっていうごんごろのえさとかトイレって誰が見てるんですか?」 「それはいちおう分担しています。お休みもあったりするので……」 「じゃあ、祭りの日と翌日のトイレやえさの様子はどうだったか覚えてたりは……?」  申し訳なさそうに真純さんは視線を地面に落とした。 「どうだったかな……。祭りの日は私たちもばたばたしててそこまで見ていられる余裕はなかったんです。朝、私がご飯を取り替えましたけど、正直あまり覚えてません。でも、翌日の分は別の職員が担当なので聞いたら覚えてるかもしれません。ただ、その職員が今日はお休みで……今すぐ知りたいですか?」 「できれば」 「わかりました。ちょっと待っててくださいね。今連絡とってみますから」  そう言って少し紬のことを気にしつつも真純さんは社務所へと入っていった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加