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おっさんは慧がついていくのがさも当然なように権五郎神社の正面の大鳥居ではなく、東の鳥居からまっすぐ伸びる細い路地へと出て歩き出した。
舗装されていない路地を雪駄のこすれる音がする。
「どこ行くんすか?」
「すぐそこだ」
おっさんはなにか考えごとでもしているのか、少し上の空のような言い方をしたまま無言で歩いていく。民家の敷地沿いに伸びて曲がる路地を歩いていけば、長谷寺という鎌倉の有名観光スポットのそばに通じる。
「……なあ、慧。オレはあんま子どものことはわかんねえんだけど」
前を歩くおっさんがぽつりとつぶやいた。
少しおっさんとの距離と詰めた。
「さっきの、紬ちゃんって子いただろ? あの子、異様に警戒心っていうか相手に対しての攻撃的な感じ、強かった気がすんだけど、それは、なにか。やっぱりオレの風貌のせいか? どう思う?」
「おっさんの顔が怖いってのはわかりますけど」
「顔か、顔なのか?」
「いや、全体?」
「ぜ、全体?」
「だって、スキンヘッドにピアスで、その格好で、でかいしうるさいしくさいし」
「くさい!?」
「あ、すんません。くさくないです。あ、でも男くさいのかな。そういうの、女子は敏感だけど男ってあんまわかんないし」
「え、どっちだよ」
「まあそこは仕方ないんじゃないすか。顔も体も変えられないでしょ」
「……お前、けっこう人傷つけんのうまいな」
「冗談っすよ。真にうけないでくださいよ、いい大人が」
「……大人で遊ぶなよ」
「紬って子のことですけど、まあ、確かに……ちょっと変わってましたね。オレなんてたぶんおっさん以上ににらまれてましたし」
真純さんは慣れているのか、普通に接していたけれど、初対面であんなふうに敵意を剥き出しにされたら敬遠してしまう。
「変わってるっていうか、こう、男に過剰に反応するっていうか。真純さんがいったん社務所に戻った時あったろ? 男の参拝客グループが通ってかなり激しく反応してただろ。あれ見るとなあ……。あれから注意してるとな、参拝客の男という男があの子の後ろ通るたびに、少しびくつくんだよ。哀れなくらい」
「あー……じゃあ男が苦手なんじゃないですか?」
そう言いながら、何かがひっかかった。
「苦手か……。最初はたまたまかな、と思ったけど、真純さんのあのお辞儀した時の様子といい、けっこういろいろある子なのかもな。なんつうか、お母さんが働いて帰ってくるのをごんごろと待ってるとかさ……」
おっさんのしんみりした言葉にふと思い出す。
――うち、お父さんがいないんだ。だからちょっと男の子って苦手。
そう言った女の子が、昔いた気がする。
――でも慧くんは平気だよ。
笑ってオレを見てくれたのが嬉しかった。
この前史乃さんが言っていた、力餅をよく食べていた女の子に違いない。顔も名前もうろ覚えで、思い出したいのに思い出したくないような。
なんだかもどかしい。
慧はそっと息をつきながら、おっさんの後ろを歩いた。
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