3章 ごんごろ探しで知った、縁×縁×縁

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 宝物庫の扉をしめて階段を降りてきた真純さんは、社務所の方を見て手を軽く振った。  玄関の辺りで作務衣姿の小柄の若い女性がうろうろしている。 「未涼ちゃん! もう終わった?」  真純さんの顔を見てパッと顔を明るくした女性は、ショートボブの金色に近い茶髪をはねさせるようにして駆けてきた。  巫女=黒髪のイメージからはだいぶ外れた髪の色だ。真純さんとはどちらかというと真逆のタイプに見えた。 「すみませんー、待たせてしまいましたー!」  泣きそうな声に、真純さんが「大丈夫よ」と穏やかに言っている。  例大祭の翌日に、ごんごろのご飯当番をしていたという職員だった。まだ大学生くらいに見える。 「こちらがごんごろを探してくれている野狐さんと慧くん」 「こんにちはー。吉水未涼(みすず)です」と、女性は跳ねるように頭を勢いよく下げた。 「吉水ってことは、宮司のご親戚とか?」  おっさんがずいっと前に出た。  まさか、真純さんに続いて目の前の女の人もかと思って隣を見ると、予想通り小さな目を輝かせている。まさか女の人なら誰でもいいわけじゃないよな、と思いたいけれど自信はない。 「姪ですー。忙しい時だけ手伝ってるんです。それで、祭りの翌日の話ですよねー?」  真純さんが伝えてくれていたんだろう。話が早くて助かる。 「姪御さんですか。まだお若いですよね? 大学生ですか? おじさんの仕事をお手伝いされてるなんてすごいなぁ。いろいろと大変じゃないですか?」 「いやぁ全っ然そんなことないですよー」  未涼さんは、おっさんの言葉を明るい声でさらっと流した。  おっさんは少し気落ちしたようにも見えたけれど、「全っ然そんなことあるんじゃないかなあ」と未練がましい感じでつぶやいた。未涼さんはそれには答えずにこにこと、言葉を続けた。 「それでですねー、いつも出勤するとご飯とトイレを確認するんですけど、あ、ご飯はカリカリだけです。例大祭の翌日は、カリカリを食べた感じがあんまりなかったんです。トイレもきれいなままでした」 「ほかになんか変わった様子は? なんでもいいんですけど、ごんごろが普段と違っていたとか」 「あ、ありますよー。ごんごろって、食欲旺盛な子なんですけど、ここんところずっと食いつきが悪かったんです。お皿からなんか全然減らなくてー」 「そういえばそうね」 「それ、いつ頃とかわかりませんか?」 「んーそうですねー例大祭までの1週間くらい、です。準備で人が出入りしていたし、だからいつになくストレスになってたのかなー、とか思ってたんですけど。なんだかんだごんごろにおやつあげる人も多いですしー」  さっきまで顔の筋肉をどこかに置き忘れていたようなおっさんは、いつのまにか難しい表情をしている。 「ありがとうございます。それから真純さん。境内をちゃんと見させてもらってもいいですか?」 「え、ええ……それは構いません」 「できれば神輿庫の中もなんですが」 「神輿庫もですか……。それは……」 「もちろん神輿や道具に触ったりはしません」 「真純さん、だいじょおぶだよー。おじさんにあたしから言っとくしー」 「そう? 助かるな。お願い」 「まーかせて!」  勢いよくそう言った未涼さんは、おおげさに胸を張るポーズをして見せた。だいぶノリが軽い。それも巫女のイメージとは違った。 「そういえば。あのー、お2人以外にもう1人ごんごろ探しを手伝ってもらってる人いますかー?」 「いや、オレと慧の2人ですが、ほかに同じような人がいるんですかね?」 「あー……なんか、高校生くらいの女の子がごんごろのことでいろいろ聞いてきたんですよー。だからてっきりお仲間かなーって」 「そうだったの?」 「たいしたことじゃないと思ってたから真純さんにもおじさんにも特に言ってなかったんですけどー……。ごんごろがいなくなったぐらいから、行き先やいなくなった時の状況なんかを聞いてくる子がいて……。すごく心配してたので、その子なりに探してるのかと思ってたんですけど、お2人の連れとかじゃなかったんですねー」  ほかにもごんごろのことを探してくれている人がいる。ごんごろって本当に愛されてるんだな、と思った時。 「慧、オレたちも負けてらんねえぞ」  おっさんが気合いを入れるかのように慧の背中をたたいた。 「いてっ」  ちょっと前につんのめった。 「なんで対抗してんすかー……」  勝ち負けの話よりもむしろその高校生が見つけてくれたらだいぶ楽になれる。そう思ったオレとは真逆の発想にため息がこぼれた。  なんでこの人はこんなに子どもっぽいんだ。  おっさんは「競合に違いねえ」と顔をしかめている。 「そんなことはないんじゃないかなー。制服着てたしー」  未涼さんにあっけらかんと否定され、「いや。まぁ……」とおっさんの顔が赤くなった。さすがに恥じたらしい。 「でも制服、ここらへんじゃ見かけないものだったなー。あれ、どこのなんだろー、けっこうかわいかったー」  ふと、この前拝殿に手を合わせていた女子高生を思い出した。  まさかと打ち消していると、真純さんが 「とりあえず神輿庫に保管されているものは文化財なので、できれば扱いには十分注意していただけると助かります」とおっさんに微笑みつつもはっきり言った。 「わかりました。もちろん、指一本触れません。それから、防犯カメラの映像もあとで見せてください。できれば例大祭前日の紬が帰ったあたりから、当日とその翌日の明け方、皆さんが出勤する前まで」  真純さんはおっさんのてきぱきした指示に何か感じとったのか、うなずいて未涼さんを見た。 「神輿庫の鍵もってきてもらえる?」  頼まれた未涼さんがぱっと社務所の中へとびこんでいった。反応が早くて、なんだかボールみたいな人だなと思う。 「何か気になることでもあるんですか?」  探るように真純さんが聞いた。 「いや、たいしたことでは。ごんごろがどんなふうに境内で過ごしてたか、もう少し知っておきたいと思ったまでで」  なんでもないと明るく笑ったおっさんを、慧は見上げた。  その四角い顔の中のつぶらな瞳が鋭く神輿庫の方角を見ていたのには気づいていた。
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