3章 ごんごろ探しで知った、縁×縁×縁

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「慧、こっちだ」  そう言って、真純さんと未涼さんが社務所に戻ったのを見届けたおっさんはすぐついてくるように促した。おっさんは急ぎ足で神輿庫の裏手へと回っていく。まるで何かを確信しているかのような足取りだ。 「慧。ちょっと大変だけど急ぎだ」 「なに?」 「この裏手からあのアジサイが広がる裏庭一帯、探し物をしたい」  おっさんは大きく手で辺りをなぎ払うように動かした。 「げ、けっこう広いんだけど!」 「だから大変だっつったろうが」 「探すってなに?」 「猫のえさだ」 「えさ? この広さを!?」 「そうだ」  これまでにないくらい、一気にテンションが下がった。  民家の庭先の茂みを這うようにして土まみれになったのだって人生初だというのに、それをさらに上回る泥臭さ。猫を探してます、ならまだ格好がつくけど、よりによって、猫のえさ。最悪だ。  バイト代もいらないから断ろうとした。でもおっさんの真剣な表情にその言葉を飲みこんだ。 「……えさって言ったって、いろいろあるじゃん。カリカリなのか、ウエットフードなのか、ウエットならジュレなのかフレークなのかとかさ」 「詳しいな。実は猫飼ってんのか?」  おっさんに言われて、「いや全然」と言いながら、自分でも内心首を傾げた。  いつ猫のえさを知る機会なんてあったっけ? 「できればカリカリであってほしいけどな。でなきゃ、さらにごんごろ探しは難航すんぞ」 「つったってさあ、こっちの都合よくいくわけじゃないんだからさ……」 「まあ、普通の庭にはないようなものを見つけるしかない。探す時、ポイントがある。参道から見えたり、拝殿に上がった時に見えるような場所はのぞいていい。あくまで表からは誰もいかないような、見えない場所に絞っていい」 「でも食べ物ならさ、ここらへんにいるリスとかハクビシンとかタヌキとか、鳥も多いんだし、ほかの生き物に食われちゃってそうだけど」 「だからだよ。だから急ぎなんだ。少しでいい、かすがあればいいんだ。まあ……とはいえ、ない時はない。でもある時はある」 「いー加減だなぁ……」 「こういうのは、そういうもんなんだよ。文句言ってるひまなんてねえぞ」  これ見よがしにおおげさなため息をついた。 「わーかった。じゃあオレはどっから見ればいいの?」 「慧はアジサイの……小径だっけ? そっちからだ。オレは神輿庫からはじめる」 「うわ、ずるくない? オレも神輿庫がいい」 「バカ言うな。神輿庫は貴重なもんの宝庫だぞ? 不用意に壊しでもしてみろ。損害賠償請求されてえのか?」  神輿の値段なんて知らないけれど、一介の高校生にはとても無理な金額に違いない。 「アジサイの小径で」と言うと、おっさんはにんまりうなずいた。  言いくるめられたような気がするけど、やるしかない。  グミをいくつか口に投げ入れ、ぐにぐにと噛みながら、慧は神輿庫をぐるりと回って参道の方へ出た。  山裾にあるためか、境内は社殿を中心に階段式にかさ上げされている。そして本殿の背後に迫る裏山の崖下は、社殿の背景になるようアジサイが植えられている。参道からみれば、一番高い位置にアジサイの小径がある計算だ。  手当たり次第となると時間ばかりかかる。いったんスマホで参道からと拝殿からと角度を変えてアジサイの小径の方角を撮影した。それからだいたい死角になりそうなところを画像の上で線を引っ張りあたりをつけた。  それからアジサイの小径へとあがって、猫のえさらしきものを探しはじめる。茶色っぽいもの、小さいもの、ぐらいしかヒントがないのが痛いところだ。  アジサイの小径には、慧より背の低いアジサイの低木が整然と並んでいる。季節外れのせいで葉が落ちかけ、しかも剪定されて枝がむき出しになっている。見通しも悪くなく探しにくくはなさそうだった。  慧は低木の下を順番にのぞきこんでいった。  でも民家の軒先でごんごろを探した時みたいに、それらしきものは見当たらない。しかも何度も体を屈めるしぐさを繰り返すから、腰にけっこうな負担がかかる。 「きっつ……」  想定外の屈伸運動だ。思ったより体力も筋力も使う上に、まだ気温はそこそこ高い。  暑い。シャツを引っ張ってぱたぱたと仰ぎながら、腰をそらして空を仰いだ。  全然見つからない。せいぜい、ちょっとしたゴミやどこかから吹き寄せられたような枯れ枝や葉。それ以外には虫ばかりだ。  こわばった腰をほぐすように動かしてから、また目の前のアジサイの木の下をのぞきこんだ。 「おじさん」と呼ばれた。  大声だ。誰かすぐ分かる、少し高いトーンの強い口調。  なんでここにいるんだ。声がした方を振り返らずに無視した。  だいたいオレはまだおじさんじゃない。 「おじさん!」  耳を突き抜けるみたいな声だ。うるさい。  呼ばれても頑なに無視していると、神輿庫の方からひょこっと顔を出したおっさんが、紬の姿を見つけて、そうっと中に入っていくのが見えた。  逃げた。 「おじさん! 呼んでるの!」  服をひっぱられた。さすがに振り向くと、紬が怒った顔で仁王立ちしている。 「おじさんって誰のことだよ」  投げやりに言い返すと、紬がしゃがみこんだままのオレを指差した。なんだか下から見上げると、本当に偉そうな小学生だと思う。 「どうせ、ごんごろ見つけられないんでしょ?」 「なに、見つけてほしくないわけ?」 「無能なんでしょ?」  小学生に無能とか言われると思わなかった。ムカつくな、本当に。 「じゃあ探さなくていいよね。どうせ無能だから見つけられないし」 立ち上がって大きく伸びをすると、アジサイの小径を歩き出した。 「と、途中でやめたらいけないんだから!」 「なんで?」 「はじめたことは最後までしなくちゃいけないの! 大人でしょ!」 「なんで?」 「なんでなんでって、もー! 大人なのにそんなことも知らないの!?」  わめく小学生を相手にするのも面倒になってきて、「オレ、別に大人じゃないし」と言って拝殿の方へと降りた。  おっさんには悪いけど、紬に耳元で騒がれながら探す気にはなれなかった。 「おじさん!」  引き留めようと躍起になった紬が追いかけるようにアジサイの小径から降りてきて、オレの服をつかんだ。 「あのさ、服のびるから」  そう言って紬の手を引き離そうとすると、紬はよけいむきになってオレの服をぎゅっと握りしめた。けっこうお気に入りの服をそうされれば相手が何歳だろうと苛立つ。 「いい加減離してくんない? ごんごろは諦めてよ」  強い口調で突き放すように言うと、紬の顔が一瞬泣き出しそうに歪んだ。それでも泣くまいと唇を引き結んでいる。 「見つけられないから逃げるんでしょ」 「あのさ!」  びくっと紬が震えた時だった。 「けっこう大人気ないことするんだね」  聞き慣れない声に振り返ると同時に、紬が「おねえちゃん!」とパッと顔を輝かせた。  そこには、拝殿で手を合わせていた制服姿の女子高校生がいた。
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