3章 ごんごろ探しで知った、縁×縁×縁

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「大人気ないって、なに? この子のお姉さん?」  指摘されなくてもわかっていたのを突かれたせいで、つい強い口調になる。反射的に言いながら紬が駆け寄った女子高生を見た。  長い黒髪を風になびかせた彼女は、誰と問うと、わずかに顔を曇らせて「違うけど、似たようなものかな」と言った。ちょっと低めのやわらかな声だ。 「どっちでもいいけど、その子を知ってるならもう少し人にものを頼みたい時はどんな態度をとるのがいいか、教えた方がいいんじゃない?」  そう乱暴に言い捨てたとたん、いきなり後頭部をはたかれた。 「いって!」 「お前が言うか。オレに似たような態度ばっかとってんのは、どこのどいつだ?」  言葉につまると、おっさんがにやりと笑ってから紬と一緒にいる女の子に顔を向けた。 「お嬢さん、こいつがなんかご迷惑かけたようで、すみませんね」  無理に頭を抑えつけられて下げさせられた。 「なんで! どっちかって、そこの小学生がもともとの原因なんだよ!」  文句を言いながら、頭をわしづかむおっさんの手を振り払った。 「だいたいおっさんこそ、さっきオレが紬に絡まれてた時、見て見ぬ振りしたくせに、なんで女が絡むとにこにこ出てくんの?」 「うるせえ。女の子はな! そこにいるだけでありがたいもんなんだよ!」 「意味わかんね」 「お前にゃ一生わかんねえだろうけどな!」  怒鳴られた。八つ当たりだと思う。  そう思ったら急になにもかもどうでもよくなった。  おっさんは案の定目の前の女子高生になんだかんだと話しかけはじめ、紬は、彼女にかばってもらってるみたいにその体の影に隠れながら、オレをじっと非難するように見ている。  あーあほらし。  無言で歩き出した。 「おい、慧!」  後ろから呼び止められても構わず、石段を降りて、江ノ電の踏切を渡った。呼ぶ声がまだしていたけど、そのまま路地を歩いて星の井通りへと出た。  バイト代もインセンティブもたぶんもらえない。でも構わなかった。いい加減振り回されるのはたくさんだった。  だいたいバイトなんてほかにもある。  昨日、カフェ&バーのバイトに誘われたことを思い出して、ボディバッグの中からもらった名刺をとりだした。アデールのオーナー 御園生崇とある。長谷の方へ足の向きを変えながら、そこに記載されているSNSアカウントにスマホからアクセスした。  昨日会った野狐のおっさんの知り合いだと名乗って、バイトの募集はしているかとメッセージを送った。すぐに御園生さんからは挨拶と「もちろん」という返事がきた。  感触はよさそうだ。  近くにいることを伝えると、ちょっと様子見てみるだけ、店においでと誘われた。  現実的に話が進みそうで、気持ちが軽くなる。  体がでかくて、女相手になるとニヤつく男と一緒に仕事しているよりも小学生にねちなち詰られているよりも、御園生さんみたいなかっこいい男の方が断然いい。バリスタっぽいアデールのエプロンをして人気カフェでバイトなんて、ぶっちゃけあのバンチョには自慢できる代物だ。  長谷通りに出るとすぐに観光客の姿が増えてきた。女子大生らしきグループが楽しそうにプリン屋に入ったり、恋人同士で骨董店の軒先に並んだ古い茶碗を手にとったりしている。その向こうに人が並んでいる古民家風の外観が目を引く2階建ての店があった。  カフェ&バー アデールと読むらしい英文の柔らかな筆記体が、少し色あせた木の看板に白い字で書かれているのが見えた。 「あれ、ちょっとちょっと! 実篤くんの弟子くんじゃない?」  自分のことかと一瞬立ち止まった。  野狐の弟子なんて名前をつけられた覚えはない。でもまめきちのおばちゃんの声を無視するわけにもいかなかった。 「今日は野狐の実篤くんは一緒じゃないんだね」 「はい」と素直にうなずくと、おばちゃんはにこにこ笑っていた顔を真顔に戻して言った。 「昨日の今日でなんだけど、ごんごろちゃんは見つかった?」 「いやまだです」 「弟子くん……ええっと名前なんだっけ?」 「慧です」 「そうそう、慧くんも大変だろうけどなんとか見つけてあげてよ。あの権五郎さんあたりって、門前とはいえ小さいとこじゃない? 昔から人が少ないとこだし、店はあってもなかなか繁盛しないし。力餅家さんはあるけど、あそこはもう昔っからのところだからさ。ごんごろちゃんが来るまでは寂しいとこだったんだよ。アジサイと江ノ電でシーズンになりゃ賑わいもするけど、それも最近のことだしねえ」  まめきちのおばちゃんは、オレが聞いてるとか聞いてないとか関係ないみたいに1人で話をしている。 「でも何年前だったかねえ、ごんごろちゃんが住み着いてさ。あの子、人にすごく慣れてたし、宮司さんも神社で猫を公に飼うのはって渋ってたけど、誰にでも人懐こいし、アジサイの季節の時だけじゃなくてさ、一年中、人がごんごろちゃんに会いに来てくれるようになって、あっちにある店の人たちは、ごんごろちゃん効果もあって店の売上もあがってね、ありがたがってたのよ。だからすぐアイドル。毎日会いに行く子もいるくらいかわいがられてたんだよ」  毎日会いに行く子、と聞いて、紬のことを思い出した。 「いったい、誰がごんごろちゃんを誘拐したんだか。まったく、あたしが手伝えたら、この手でとっ捕まえておまわりに突き出してやりたいくらいだよ」  おばちゃんは憤然と声を張り上げた。  いや、よけい引っ掻き回すような気がする。とは言えない。  でもオレはさっき突き放したばかりのあの小学生を思い出していた。  素直じゃない、オレやおっさんに突っかかってばかりくる嫌な子ども。もう少しかわいげがあれば協力する気にもなるのに、毎回、喧嘩腰でこられたらこっちだって気分は良くない。  でもアデールでのバイトに採用されれば、おっさんとも、あの紬って小学生とも、そして、名も知らない彼女のことも関係なくなる。  そう思うのに、オレはなんとなく口にしていた。 「あの、会いに来る子って、紬のことですよね?」 「そうそう! 慧くんも知ってる? あの子も不憫でね、ほらあそこはひとり親……シングルマザーなのよ、もう紬ちゃんが生まれた時からずっとお母さん1人娘1人っていう家庭でね。お母さんが帰ってくるまで家で留守してればいいんだろうけど、淋しいんだろうねえ。いつもごんごろちゃんのそばにいて。あの子の淋しさをごんごろちゃんもわかってたんでしょうねえ、ごんごろちゃんもあの子のこと嫌がらないから、兄弟……ん、兄と妹? 父と娘、みたいな感じでね」  真純さんが、夜の8時までずっと境内でごんごろと一緒に母親の帰りを待っていると言っていた。  父親の顔を知らない小学校低学年の女の子。紬が母子家庭だと知ると、ハッと気づくことがあった。  紬は、男性全般に慣れていないのだ。  だから紬のそばを男性たちが通り過ぎた時、うずくまるようにしていたのだろう。そうやって思い返すと、紬はいつも参拝客だろうと地元の住人だろうと、男性を避けていたような気がする。 「あんなに小さな子がいっつも1人でかわいそうでねえ。お母さんもそばで見ててあげたいんでしょうけど、仕事がどうしたってあるからね」  今の時期、夕方の5時にもなれば鎌倉市内には時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。その音を聞いた後でさえも、1人、境内で母親を待つのは淋しいだろう。  紬にとってのごんごろの存在。その大きさが今になって胸に迫ってきた。  ほかの人たちに違って、かわいいだけのごんごろ、じゃないのだ。  母子家庭での母と子の結びつきは、慧のように両親が揃っている家庭とは全然重みが違う。  そういう子を、慧は幼い頃、確かに知っていた。  1人ぽつんと窓の外を見ていた誰かの姿が、境内で母を待つ紬の姿に重なった。
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