3章 ごんごろ探しで知った、縁×縁×縁

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 窓ガラスに何かを叩きつけるような音がして、一緒に目の前の絵本を読んでいたはずの声がきこえなくなった。隣を向くと、髪の毛をあごの下で切り揃えた女の子が顔をあげてまっすぐリビングの外を見ている。  視線を追うと、いつのまにか外を強い風まじりの雨が振りはじめていた。  女の子はなんだか慧の存在を忘れてしまったかのようで、話しかけにくい。  また絵本の続きに目を動かしたけれど、さっきまでのように一緒に読んでいないと楽しくないと思った。 「……どうしたの?」  おずおずと声をかけても女の子は口を引き結んだまま、じっと動かないで外を見ている。  声を合わせて絵本の文字を読んでいたさっきまでの女の子とは別人のように見えた。 「理音(りお)ちゃん」  外は強い雨が窓をたくさん叩いて、たくさん流れている。  なんだか怖くなってきて今度はもう少しはっきりと女の子の名前を呼んだ。  理音と呼んだ女の子はようやく慧を振り向いた。  泣き出しそうな顔をしている。 「理音ちゃん、どうしたの。どっか痛いの?」  慌てて聞くと、女の子は頭を振った。それからうつむいて震える声でつぶやいた。 「ママが帰ってこなかったらどうしよう」  女の子のお母さんが、どうしてもお休みの日に外せない仕事があると、慧の家に女の子を預けにきていた。今日も仕事だと言って、朝、女の子を連れて慧の家に来ていた。 「だ……大丈夫だよ! 帰ってくるよ!」  思わず大きな声で言うと、理音ちゃんが頭を小さく振った。 「わかんないよ。だって……だって、パパ、帰ってこなかったもん」  怒ったように言った女の子にお父さんがいないというのは、初めて会った時に教えられていた。 「パパ、こういう日に事故にあったんだもん」 「理音ちゃんのお父さん……死んじゃったの?」  女の子がうつむいたまま小さくうなずいた。かわいそうになって、隣に座った。  いざという時は慧が守るのよとお母さんに言われていたせいか、慧は女の子の顔をのぞきこんで、膝のところで握りしめられている女の子の手をつないだ。 「大丈夫だよ。きっと帰ってくるよ。ぼくがお願いするから」  そう言うと、女の子がのぞきこむ慧を見た。 「理音ちゃんのお母さんは、理音ちゃんを置いてどっか行ったりしないよ」  理音ちゃんはぎゅっと慧の手を握りしめて、うなずいた。 「大丈夫だよ」  もう一度言うと、女の子は「大丈夫かな?」と言った。 「大丈夫だよ。ぼくがいっぱい神様と仏様にお願いする。だって、鎌倉って、神様や仏様がたくさんいるところなんだよ。いっぱいいっぱいいろんところにいるんだよ。だから1人くらい、きっとお願い聞いてくれるはずだもん」 「そんなにいるの?」  女の子は泣きそうだった顔を少し驚いたようにして、聞き返した。 「うん、いっぱい。いーっぱい!」  笑って言うと、女の子が小さく笑った。 「大丈夫かな」 「うん。お願いしようよ。帰ってきますように」  つないでいた手を離して窓の外に体を向けると、両手を合わせた。 「帰ってきますように」  目を閉じて大きな声で言った。 「帰ってきますように」  女の子の声が隣から聞こえた。  隣をちらっと見ると、女の子が目を閉じて慧と同じように両手を合わせて祈っていた。ちょっと泣いたのか、まつげのあたりが濡れていた。  やっぱりぼくが理音ちゃんを守るんだと、慧はひっそりと心に決めた。
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