4章 地獄につながる縁と、極楽(寺)につながる縁と

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4章 地獄につながる縁と、極楽(寺)につながる縁と

 午前中の授業はほとんど船を漕いでいた。なかには呼ばれても目を覚ませないほどに爆睡した授業もある。それでなくても月曜日なんて眠いに決まっている。それに拍車をかけたのは、ごんごろ探しだった。  徹夜で勉強してました、なんて言い訳でなんとか切り抜けたけど、それも普段そんな言い訳をしないからこそ通用した今日限りのものだ。  午後はサボってしまうか。そう思いつつも、成績が落ちてアルバイトをやめさせられたばかりの身としては、対両親的に諸々まずい。  とはいえ腰や腕のあたりは筋肉痛で動かすのも億劫だし、おっさんの言葉も気になっていた。  ごんごろをどうして氏子がさらう必要があるんだろう。でももし氏子がそうしたとして、誰がそんなことをしたんだろう。そして、その誰をどうやって見つければいいんだろう。  ほかにも気になることはあった。  紬はどうしただろう。そして、あの高校生の女の子は。  おっさんは今日、権五郎神社で防犯カメラの確認をさせてもらうと言っていた。宮司が同席していないとやはり問題があるということで今日らしい。放課後、おっさんに合流することにはなっているけれど、映像なんか見ていたら確実に寝てしまう気がする。  母さんの弁当を食べ終えてまた机に突っ伏していると、ポケットの中のスマホが震えた。机にべったり体を伏せたままスマホを確認すると、おっさんからだった。 「映像に犯人らしき人間がちょっとだけ映っていた」  それだけの報告だった。  だからどうだって言うんだ。映っていた人物が特定できたのかできないのか、その人物は映像の中では何をしていたのか、いろんな疑問が渦巻いた。 「中途半端に情報寄こすなっての……」  気になる。やっぱりもう権五郎神社に向かうべきか、悩みはじめた時だった。 「あの、宮島くん」  かわいい声がして、顔をあげた。 「こ、香坂さん」  驚いてきちんと体を起こした。めったに彼女が教室で慧に話しかけることはない。 「ごめんね、寝てたところ起こしちゃって」 「いや、大丈夫。別にマジ寝してたわけじゃないから」  慌てて否定すると、香坂さんは「そう」と微笑んだ。  おっさんは真純さんや未涼さんにときめいたけれど、もし誰がかわいいかと聞かれたらやっぱり香坂さんが一番かわいいと思う。そう思った時、あのロングヘア&パーカースタイルの女子高校生を思い出した。  香坂さんよりかわいいかもしれない、なんて一瞬思いかけ、ないないと頭を振った。  まず誰か、名乗ってさえもらっていない相手に不毛だ。 「それで、どうしたの? オレになんか用?」  なんとなく教室の視線が、昼休みだからそれぞれおしゃべりしたりしていても、意識はこっちに向けているような気配を感じる。なにより、2,3人で机でだべっていたバンチョ……柿澤の視線が痛い。というより、怖い。  男の嫉妬は醜いな、と思いながらも平常心で香坂さんを見た。 「うん、あれからごんごろ探し、どうなったのかな、って思って」 「ああ、ごんごろのこと好きだって言ってたもんね。探してはいるんだけど、なかなか難航してます」 「全然、手がかりもないの?」 「うーん、なくはなさそう、かな」 「そっか。本当に、今頃ごんごろ大丈夫なのかなってすごく心配になるから」 「そうだよね。でもなんとか見つけたいとは思ってるよ」 「うん、ありがとう。頼りにしてるね」  香坂さんに頭を下げられて、しかも頼りにしてると言われたらもう照れくさいし舞い上がってしまいそうだ。 「大変だと思うけど、私も情報あったら伝えるね。そうだ、私、宮島くんの連絡先知らないから、メッセージ送るアドレス教えてもらっていいかな。そうしたらごんごろのことも何か分かればすぐに伝えられると思うから」  そう言って香坂さんがスマホを取り出した。  マジか! と内心思わず快哉の声をあげそうになった。香坂さんと連絡先交換できる男子なんてそうそういない。 「あ、あ、うん。そうだね」  ちょっと、というかかなり動揺しながらスマホで連絡先を交換した。そこまでしておきながら、ハッと柿澤の席の方ををちらりと盗み見た。  やっぱりだ。目で射殺すことができたら、速攻やられてると思う。 「そうだ、宮島くん」と呼ばれて香坂さんを見上げた。 「あの、カフェ&バー アデールって、知ってる?」 「ああ、うん。古民家の人気カフェだよね?」 「そう」と香坂さんは言って、少し恥じらうような照れているような雰囲気で視線を伏せた。  なんだろう、なんか変な雰囲気になりつつある気がする。こっちがこそばゆくなるような、尻がむずむずするような感じで、居心地が悪い。 「あの、昨日、そのアデールに宮島くんいたでしょう?」 「え? あ、うん。いた」  香坂さんが少しもじもじしているように見えた。その空気は、なんだかちょっと恋愛モードに近い感じもして、急にオレの方が恥ずかしくなってきた。  まさか、まさか。 「私も、アデールに友達と来てて」  確か土曜日も柿澤たちと行ってなかったっけ? と思いつつも、心臓がばくばくしていてあまり頭がうまく回らない。 「で、宮島くん、アデールのスタッフの方と一緒に2階に行ったと思うんだけど」  御園生さんと2階にあがるとこまで見ていたのか。それはやっぱり。 「一緒にいた男の人、知り合い、だったりするのかな……?」  濡れたような香坂さんの目は、どこか願うようにオレを見ていて。 「知り合い、といえば知り合いだけど、アデールのオーナーさんだよ」  そう言うと、急に香坂さんの表情が明るくなった。雲間から光が差しこんで天使が輝いた瞬間、みたいな感じだ。 「知り合いなんだ? あの、名前ってなんていうのかな、あの人」  香坂さんが少し身を乗り出してきて、そこでようやく慧はひっかかりを覚えた。  もしかしてオレじゃなくて、御園生さんに興味があるんじゃないか。 「あの、香坂さん。もしかして、アデールの……」 「え、あ、やだ。違うの、ちょっとね、かっこいいなって思って……」  最後まで言い終えないうちに、香坂さんの顔が見る間に赤らんだ。その恥じらう姿はさすが学年一のかわいさだけあって、男子なら誰だってきゅんとするだろう。でもその気持ちが向く先は、この学校にいる男子の誰でもない、というのだけはわかった。ということは、柿澤もか。 「アデールのオーナーさんは、御園生さんって言うんだよ」  うろたえている香坂さんにそう言うと、 「御園生さん……」 「……意外だね、けっこう年上だと思うけど」  香坂さんがさらに真っ赤になった。いつもの香坂さんのイメージとは違う。  この前もだけど、天使とばかり呼ばれてついその外見にばかり目がいっていたけど、香坂さんも普通に誰かを好きに、しかも片想いとかするんだなと思う。 「あの、このことアデールのその御園生さんには言わないでね」 「言わないよ」  大きくうなずくと、香坂さんはホッとしたような嬉しいような顔をした。 「ありがとう。宮島くん」 「いいや。もしよかったら、バイトしたいって行ってみたら? けっこういけるかもしれないよ」  そう言うと香坂さんは「ほんと!?」と顔を輝かせた。 「教えてくれてありがとう! ちょっと考えてみるね」  とにかく嬉しそうで、見てるこっちも嬉しくなって微笑んだ。  でも実はこの状況って、すっごくやばいんだろうな。  周りの男子の刺々しい目線の数も強さも半端ない。学年一かわいい香坂さんがオレの前で顔を赤らめてる、なんてとんでもない誤解を招いてるんじゃなかろうか。  なにより、たぶん、バンチョがオレを殺すと決意しているに違いない。
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