4章 地獄につながる縁と、極楽(寺)につながる縁と

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 最悪だ。ガタイがいい奴は血の気も多いのか?  おっさんを思い浮かべながら、勝手な偏見で文句を言いたくもなった。 「だいたいこっちは普段から血少ないっつうの」  鼻血まで出させられて、貧血でぶっ倒れたらどうしてくれる。と内心ぶつぶつ言いながら江ノ電を降りた。  電車の中ではやたら注目を浴びてしまっていたから、少しホッとした。寝てる振りをひたすらしていたけれど、制服はけっこう汚れてしわだらけだし、なにより顔を洗ったものの殴られて切れた部分は隠しようもなかった。  落ち着きたくてグミを口にいれたら、とてもじゃないけど噛めなくて吐き出してしまった。酸っぱいのがしみるわ、噛むという運動で唇の端が痛むわ、散々だ。昨日のごんごろ探しで筋肉痛になったばかりだというのに、柿澤(正確にはその取巻き軍団)のせいでほかのところまで痛い。  マジでダセエことしてんなよ。  そうはっきり言って、果敢に立ち向かうなんてことを思い描くのだけは描いた。でもこれまでの人生、平和の道を来た一少年には歯が立たなすぎた。  痛みを堪えながら権五郎神社の境内に入ると、おっさんが拝殿の前の石段に腰掛けて暇そうに慧を待っていた。 「なんだよ、慧、おせえぞ」  あいかわらずの大声にムッとしつつ近づいた。 「どうしたよ、そのツラは」 「別になんも」 「なんもってツラじゃねえだろが。さてはおもしろいことしてきたな?」 「いや別に」 「なんだよ、聞かせろよ」  こっちもうぜえ。  追及を早々に交わしたくて、すぐに用件に入った。 「で、防犯カメラの映像チェックしたんでしょ。犯人らしき人が映ってたとか言ってたけど」 「おう、確認した。正直、防犯カメラって言ってもあんまり性能が良くねえんだわ。宮司も確認したって言ってたけど、まあなかなかわかりにくい部分にな、映ってたんだわ。いちおう9月18日前後を中心に確認させてもらったんだよ。  まず18日の深夜、藪野さんも言ってたように、境内に出入りする人物がちらっと映ってた。基本的に死角を選んでる感じだけど、まあ完璧とはいかなかったんだろうな。画角のはしっこを横切ったりしてたのがあった。これで藪野さんの証言は裏づけがとれた形だ。  そいつはなにかを持ちこんでた。けっこうデカ目のもんに見えたけど、鮮明じゃないからそれ以上はわからん。まあプロに頼んで、鮮明にはできるかもしれないが、費用もかかるしな。で、それから18日の早朝から夕方にかけてはもういろんな人間が出入りしてて、その深夜の不審人物がどれかってのは特定できん」 「でも何か持ちこんでるなら、それをまた持ち出す必要があるんじゃないの?」 「そうだろうな。でも日中はいろんな人が出入りしてるし、それこそ祭りの準備だので似たような大きさのものを運んだりしているような状況だ。それに紛れちまって追いきれないだろうな」 「じゃああんまり収穫なかったってこと?」 「なくないだろ。防犯カメラにそれだけ映ってたってことだけでも、十分の収穫だ」  でも正直、もっと劇的ななにか、みたいなのを期待していた。  放課後の柿澤たちの件もあって、がっかりした気分になる。そのせいか、蹴られた足やら思いきりつかまれた腕の部分やらがさらに痛み出して、ぎくしゃくとした動きでおっさんの隣に座った。 「ほかにはなんか進展あったの?」 「神輿庫に入れる氏子さんは、氏子たちの中でも限られているらしい」 「もしかして真純さんに話した?」 「まあな。信じられないと言ってたけどな」  それはそうだろう。神社と氏子は表裏一体の関係だ。もし氏子の誰かがごんごろを連れ去ったのだとしたら、そのショックは氏子とともに歩んできた神社、ひいては真純さんたちにとっては計り知れない大きさになる。 「神輿庫に入れるのは、主に例大祭を仕切る氏子たちだ。そのメンバーは氏子の中でも中心メンバーになるらしい。といっても、氏子がみんなここら辺に住んでるとは限らないんだと。今ではいろんな事情でどうしてもほかの地域に引っ越したりする。特に面掛行列の十人衆だのの役割は世襲的に受け継がれるから、よほど相談がない限りは、近くに住んでいなくても決まった氏子が担当するらしくてな」 「その人たちが誰か、わかるの?」 「真純さんたちはわかってる。でもなあ」  そう言っておっさんは少し困ったように髪のない頭を大きな手で一度撫でた。 「……まあ、信じたくないという気持ちも大きいんだろうが、さすがに氏子の一人ひとりの情報を第三者に出すってことに宮司さんも真純さんも渋っててな。まあ個人情報だのなんだののこのご時世で、確かにそうっちゃそうなんだが」  可能性のある氏子一人ひとりを当たるわけにはいかないということか。でもそこに当たれなければ、可能性もつぶせない。 「……中川のじいさんに聞いてみたら?」 「ああー……、蓮次郎さんか。まあ確かに、氏子総代だもんな。うん、確かに。だめもとで当たってみるか。慧、冴えてんなお前」 「いまさらでしょ」  そう言うと、おっさんが小さく笑った。 「で、うち寄ってくか」 「え?」 「そんななりで家帰れんのか? けっこうやんちゃしてきました感満載だぞ」  ひどい状態なのはわかっていたけど、おっさんからそんなふうに言われるとは思っていなかった。言葉につまって自分の体を見下ろした。  成績が落ちたことで神経質になっている母さんを思うと、またなにか言われたり、それこそ自由に出歩くのさえ禁止されたりしそうだ。 「まあオレはどっちでもいいけどな。あっついシャワーぐらいは提供してやんぞ」  本当にどっちでもいいような口調だったけれど、それが本音かはわからなかった。
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