5章 不穏な影と、忘れていた記憶

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 氏子を集めて話を聞くか、それとも個別に慧やおっさんで話を聞くか。  時間もあまりないことから、個別で動くことが優先された。 「氏子といっても遠方にいるもんもおる。神事の時に手伝ってはくれるし、役割があればそれもちゃんと果たしてくれる。だが、このご時世、転勤や親元に行かねばならん事情なんかでどうしてもこの地域だけで完結することはできん。そういう氏子たちも対象になるかね?」 「遠方の方は後回しで良いかと。まずはこの地域に住んでいる方にしぼります。それから、その中でも神事に関わっている方を教えてください。それ以外の方は状況次第で広げていきたいと思います」  てきぱきとおっさんが話をつけていく。その姿は普段のおっさんからはあまり考えもつかなくて、自然とおっさんが言うことにみんな耳を傾けて、自分は何をすべきかと探っているようだった。  真純さんは中川のじいさんに頼まれて、氏子の名簿を持ってきた。  どの氏子にどんな順で連絡を取るか、その整理を頼まれた慧はずらりと名前の並んだ名簿を手にした。個人情報だっていうのに、今もまだこんなものがあることに驚く。学校で名簿なんてものはもうとっくになくなったし、見たこともなかった。 「名簿って、初めて見ました」 「今はもういろんなものがペーパーレスでなくなっていくけど、こういう名簿はどうしてもまだ必要なんです。デジタル化にはなじめない高齢の方も氏子の中にはたくさんいますから。……でもいずれ、なくなるでしょうね。若い、といっても親から引き継いだ働き盛りの世代の氏子さんの方には名簿そのものにいい顔をしない方もいますから」  真純さんの話を聞きながら名簿をたぐった。  だいたい地域が固まっている。この権五郎神社がある長谷坂ノ下という地区がもとは氏子たちの基盤だからだ。  権五郎神社を中心に地区を分割して、スマホの地図に連絡先と住所を落としていく。それをひととおり終えると、中川のじいさん、宮司の吉水さんと話をしているおっさんのそばに名簿をもって行った。 「おぉ、悪いな」  おっさんは名簿をうけとると、ほかの2人に名簿のリストを見せた。 「で、今お話しされていた注意した方がよいというか、除外の可能性が高い方というのは」 「安堂(あんどう)佐和(さわ)さん。もうだいぶ高齢でな。最近はめっきり会合にも姿を見せん。息子の徹がたまにやってくれるが……。それからこの細田照彦さん。ここも高齢で今じゃもう会合にも姿を見せん。実質もう彼の代までだろうの。それから古谷正男さん。ここは最近代替わりして、娘婿の克己さんに譲ったばかり。先代も引退した後でもけっこう熱心に神社のことをやってくれておる。ごんごろのことも揃って大好きで、今回の件では氏子の中でもかなり心を痛めておる」  おっさんは名簿をめくりながら順番に説明していく。そのコメントをさっきの地図のそれぞれのピンにメモしていく。 「あの蓮次郎さん。ちょっと名簿を見ていて気になったんですが、この安堂という姓、やたら氏子さんの中に多くありませんか?」  真剣に名簿を見ていたおっさんが中川のじいさんに話しかけた。 「ああ、それは、もともとこの土地の、昔でいう地主が安堂という姓でな。あの力餅家もそうじゃが、その本家から分かれた、まあ分家筋が残っておるんでな。とはいっても血としてのつながりはあまりないと聞いてるがね、それでも昔の話にもなれば多少は盛り上がったりもするらしい」  鎌倉が観光地という顔をもつ一方で、その背後には古くから多くの人が住んできた、地方の田舎という顔ももつと気付かされる。慧が住むのは昭和の時期に開発された地域だ。そこはだいたいさかのぼってもじいちゃんの代かその上くらいまでになる。  でも旧鎌倉の地域は、代々住んできたという人が多いのだろう。鎌倉で生まれ育っていながら、初めて知って驚く。 「よし。慧、だいたい絞れたみたいだな。これから氏子一人ひとりに確認とっていく。とりあえず神事関係で神輿庫に用がありそうな濃厚接触者は……20人というところか。神輿と面掛の行列に関わる人たちが中心になるな。あとは祭りを締めくくる還御祭の関係者も入るか」 「かんぎょさい?」 「ああ、神様は神輿におわすだろ? だから本殿にお戻りいただく祭りだ。まあこの辺のは一般公開せずに関係者のみで行うことも多い。慧、この後も動けるか?」 「へーき」  さて、とおっさんが気合を入れるように口にした時。 「あの、すみません」  あまり体温を感じさせないはっきりした声がして、慧はおっさんとともに鳥居の方を振り返った。 そこにいたのは、紬をつれた、パーカー姿の例の女子高生だった。
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