5章 不穏な影と、忘れていた記憶

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「そこに祭りの衣装を着た男がいたんだと。紬の方に背を向けて、つまり山の方やアジサイの方を向いて、地面にしゃがみこんで何かをしていたらしい」  丁寧におっさんが紬が説明したことを簡単に説明してくれた。 「もしかして、その男が例の不審人物だったってこと?」 「いや。そうとはまだ限らない。ただ怪しい男だったことには違いない。紬は男がしていることを気にせずに、男のそば、というより神輿庫の裏手に近づこうとした。そうしたら、いきなり怒鳴られたそうだ」 「なんて?」 「最初は聞き取れなかったらしいが、そのあと、神様が見てんぞ、って。で、紬は怖くなってすぐにごんごろを探すのをやめて家に帰った」 「……神様が見てる? だから怖いってこと?」  なんでそれが怖いのかわからない。その男がそういう意味もわからなかった。 「でも、変だった! すっごく変な人! きっとごんごろを連れてった!」  紬が叫ぶように言った。でもその男が深夜、境内に出入りしていた男と合致する証拠があるわけでもない。 「きっとあの人! 絶対あの人!」  いつのまにか紬の中では、ごんごろを連れて行った人、に認定されている。 「なんでそう思うわけ?」  いつも敵視されているせいで、慧もつい口調がきつくなる。 「だって! だって!」紬が言葉にならないなにかを言いかけて地団駄を踏むようにした。理音が「紬ちゃん、なにかほかに見たの?」と声をかけた。 「見た! 見たもん!」 「なにを見たの?」 「変な人、カリカリもってた」 「それは、本当か!?」  おっさんが驚いたように紬を見た。その声の大きさに、紬がびくっと体を震わせた。 「カリカリ? 本当? どんなカリカリかわかる?」  紬がうなずいた。 「ごんごろが好きなの、あの白い猫が写ってるの」  白い猫が載っているパッケージのことだとわかる。おっさんが懐からパッケージをとりだした。 「それ! 持ってた!」  紬が指を指した。  例大祭当日に神輿庫の裏手で、ごんごろが好きなカリカリを持っていた男。怪しくないわけがない。 「その男の顔はわかんないの?」 「ずっと紬の方に背を向けていたらしい」 「じゃあその男が着てた衣装って、なんの衣装なんだろう。例大祭って言っても、役割によって着る衣装違うでしょ?」 「そう! そこだ!」  おっさんは弾んだ声で慧に指を差してから、理音の体にぴったりと寄り添っている紬を見た。 「紬、なんとか、その変な男が着ていた衣装を思い出せねえか? それがわかれば、いなくなったごんごろに近づくかもだ」  言われた紬は理音を見上げてから、考えこむような目つきで地面に視線を落とした。  その場にいる大人のみんなが固唾を飲むようにして、小学生の女の子を見つめている。でもしばらくしてその沈黙に耐えられなくなったのか、紬は泣き出しそうな顔で隣の理音を見上げた。 「あの、すみません。例大祭で使われる衣装を紬ちゃんに見せてあげること、できませんか? 言葉で説明するのは難しいと思うんです」 「そこの宝物庫に、衣装入ってましたよね? この前入らせてもらった時、周りの壁に衣装ケースが積み上がってた。見せてあげらんないすか?」  そう聞くと、真純さんがかすかに苦笑した。 「いちおう布で隠してたんですけど……」 「いや、なんか宝物庫っていう割に、半分倉庫っぽかったんで、そういうもんなのかと……」 「失礼なこと言ってんな」  軽くおっさんに頭をぺしんと叩かれた。 「しょうがないじゃん、宝物庫って言っても、お面ばっかだったし」 「そのお面こそが大事なんだよ」  おっさんの言葉を軽く受け流して、 「でもそれを見せてあげれば? それか飾ってあった写真でも少しはヒントになると思う」と提案した。  真純さんは「わかりました。ちょっと写真をもってきてみましょう」と言って社務所に戻った。  それからすぐに戻ってきた真純さんは、引き伸ばしたらしい何枚かのパネルをもっていた。そして紬ちゃんに紙芝居を見せるようにしながらパネルを順番に見せた。  めくられていくそれに、紬は頭を横に振り続ける。その繰り返しが重なるほど、中川のじいさん、おっさん、宮司の吉水さん、真純さん、未凉さんの表情が曇っていく。  ここの例大祭で使われる衣装で、どれが使われているかわかればだいぶごんごろをさらった犯人はだいぶ絞れるはずなのだ。みんなが紬に期待を寄せる気持ちはすごくわかった。  誰もが沈黙を守って紬の様子を見守っていた時。  紬がかすかに理音の服の裾を軽く握りしめたのがわかった。そうされた理音がハッと息を飲んだのがわかり、オレも気づいて思わず声をかけた。 「ちょっと、紬。ひっかかったのあったんじゃないの?」  紬が唇を噛みしめ、理音の服の裾をさらに強く握りしめた。 「紬ちゃん、この衣装?」  真純さんがしゃがんで紬に目線を合わせると、写真のパネルを両手でもって見せた。  紬はじっとそれを食い入るように見つめている。その目がかすかに揺れるように動いて、パネルの中を指差した。 「これ。なんか被ってた。頭に布被って、お面つけてた……だって、顔の色変だった」 「変?」 「茶色っぽかった」  真純さんが息を飲んで動揺したように振り向いた。助けを求めるような目は宮司の吉水さんを見ていた。  すぐに吉水さんがパネルをのぞきこんだ。 「その衣装は……」  絶句したように見えた。  おっさんと慧ものぞきこんだ。  そこにあった写真は、鮮やかな同じ衣装を身につけたものだった。  紫がかった瑠璃色のような上衣に、臙脂色の袴。それから2本の曲線が縦に連なる文様の羽織り。そして誰もが一様に異様な面をつけている。  通りを練り歩く途中の面掛行列、それだった。
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