5章 不穏な影と、忘れていた記憶

6/6
前へ
/48ページ
次へ
 宮司の吉水さんとおっさん、真純さんの3人が玄関を開けて出てきた。 「慧、聞きこみする氏子さん、さらに絞れた」 「あれ、ほかの3人は?」 「蓮次郎さんのショックが思ったより大きくてな。で紬もこれ以上引っ張り回すわけにはいかねえから、とりあえず未涼さんに見てもらってる」 「つうか、紬がさっさと話してくれてれば、もう少し早めに解決したんじゃないの?」 「あのね、慧くん」と少し怒ったような顔をして理音がきつい声を出した。 「紬ちゃんはお母さんに止められていたのに、内緒で例大祭の日に神社に来たんだよ? それを誰かに話したら、そこからお母さんに言いつけられるって思うに決まってるじゃない」 「……まあ、そうかもしんないけど……」 「それに、お母さんに止められてることを破った。それだけで、お母さんしかいない紬ちゃんにとってはすごく罪悪感があることなの。しかも、その祭りの衣装を着た男に、神様が見てるなんて言われたら、もう怖くて言えるわけないよ」 「……ごめん」  母子家庭で育った理音と、母子家庭で育っている紬。  2人にしかわからないなにかがあるのかもしれない。オレのように両親が揃っていて何不自由なく育ってきた、まだ大人でもないオレには想像もできないことかもしれない。でも、そのほんの少しでも気づくことができたら、と初めて思った。 「ううん、私の方こそ。つい感情的になっちゃってごめんね」 「いや別に」  頭を振った時、慧と理音の間にヌッとでかい体が割って入ってきた。 「……なんか、仲よくなってねえか?」  おっさんがつぶらな両目をすがめてオレを見下ろしている。 「は? 普通でしょ」 「だって、この前はその女子コーコーセーを知らないっつってなかったか?」  食い下がるおっさんのうざさに「ああ、幼馴染だったから」とすげなく答えた。あまり深くは突っこまれたくないという本音を隠して。 「お、幼馴染だと……」  おっさんが目をむいて、それから空を仰いだ。 「なんなんだ、なんなんだよ。なんで誰もオレを選ばないんだ」  すごく深くて長いため息とともに吐き出された言葉に、「ヒゲとピアスのせい」と申し添えてみた。オレの意見ではなくて、御園生さんの意見だけれど。  おっさんが空を見ていた顔をぐいっと慧に向け直した。 「うるせえ。御園生みたいなこと言うんじゃねえ」  わかっていたかと笑いながら「話を進めようよ」と促した。 「さっきは20人の氏子だったけれど、で、結局どうなるの?」 「あ、ああ。でも十人衆に絞れただろう」 「10人?」 「まあ十人衆は10人だが、この衣装を着るのは、男性の面を被る人たちに限られる。ほら、九番目と十番目に、阿亀っていう妊娠姿の女性と女の面を被った2人は衣装が違うから、この時点で8人となる。で、中川のじいさんに聞いたところ、8人のうち、2人はすでに市外に出てるから、氏子といっても普段はこの辺りとは縁があるわけじゃない。今のところは優先順位を低くしてもいいだろう」 「6人」 「けっこう減ったね」 少しホッとしたような理音に同意した。 「じゃあ、その6人の名前は?」  スマホをとりだして、さっき氏子さんの住所をマッピングした地図を開いた。 「古谷克己さん。ごんごろをかわいがってた1人だから除外できるだろうが、まあいちおう当たっておきたい。ついでにいれば、先代の正男さんもだな。で、克己さんは、一番面の爺を被っている。  次に二番面の鬼。これは安堂佐和さんの息子の徹さん。佐和さんのご主人が亡くなられて、息子の徹さんが引き継いでいる。漁師だそうだが、最近、体調がよくないらしい。母親の介護をされているそうだから、なおのこと心配だな。  それから三番面は異形。これを被っている氏子は、筒井孝太郎さん。蓮次郎さんに次ぐ後期高齢者、だそうだ。が、矍鑠としていて、息子さんが面を引き継ぐといっても譲らんらしい。まあ仕事も退職して暇なんだろう、とは蓮次郎さんが言っていたがな。  で、次の四番面は鼻長だが、これを被る氏子は省いていい。県外に転勤されて、必要な時しか帰ってこないらしい。  次の五番面、烏天狗は、細田照彦さん。こちらも高齢者だが、持病があって最近は会合にも出てこないらしい。ただ店をやっているとか、言ってたな。蓮次郎さんとしては心配してて、ついでに様子を見てくれと頼まれている。  そして、六番面の翁。これは根本顕吾さん。先代から引き継いだばかりの、十人衆の中じゃ一番の若手だということだ。サラリーマンで忙しいらしいが、若輩としてかなり協力的に関わってくれるらしい。ただ住まいは市内だけど、町内ではねえな。  七番面の火吹男も、市外在住で、優先順位は低い。  残るは八番面の福禄。七福神の一つだな。これを被るのは、力餅家のご当主安堂さんだ」 「え!? 十人衆なの、力餅家も」  まさか力餅家の名前が出てくるとは予想していなかった。 「らしいな。まあ常識的に、参道の入り口で繁盛してる和菓子屋のご当主が氏子じゃないって話もおかしい。十人衆の面を被る氏子たちがそこそこ幹部陣なら、ありえない話じゃない」 「だからって力餅家の人がごんごろを連れ去るって、なんか想像できないんだけど」 「かもな。でも今考えるのはやめとけ」  うなずく。 「とりあえず、全員会えればありがたいが、平日ともなると難しいだろうな。とはいえ、今日中にオレと慧とでいったん全部の家、回るぞ」 「わかった」 「あの! 私も手伝います」  黙って聞いていた理音が身を乗り出させた。おっさんは少し驚いたように理音を見てから、ゆっくり頭を振った。 「大勢で押しかけるわけにもいかねえからな、せいぜい2人だ。伊佐沢さん、ごんごろが心配なのはわかるが、ここはオレと慧にまかせてくれねえかな。まあ万が一、犯人が凶悪っていう可能性も捨てきれねえ」  はっきりと断るおっさんに、理音が少し動揺した顔でオレを見た。  まさか、口添えしてくれ的な? 「悪いな、お嬢さん。慧、行くぞ」  口を開く前に、予想したのか、おっさんはつれない言い方をして振り返ることなく歩き出した。慧は理音を見て、それからおっさんの背中を見た。  理音は参加できないことが悔しいのか、かすかに唇を噛み締めている。 「慧、急げ!」  大声を張られて、理音をもう一度見て、「ごめん」と口を動かした。  理音が顔を背けた。  ああ、せっかく再会して、ちょっといい感じになるかも、とか思ったけど。 「おっさん、あのさ、なんでだめなわけ? 2人も3人も変わんないじゃん」  大股で歩くおっさんの隣に並ぶと、おっさんは頭を振った。 「2人でも3人でもまあ変わんねえ」 「なら!」 「でもな、あの子はごんごろに近すぎる。紬もだけどな。冷静な人間で動いた方が早い時もある」  本当かな。そう疑いの眼差しで慧は隣を見た。 「……本当にそう思ってんの?」 「……思ってるに決まってるだろうが」  変な間があった。 「オレと理音が幼馴染だからじゃないの。なんかおっさん、オレが女子と仲良くなるの、あんまよく思ってないみたいだし?」 「はああ? なんでオレが」 「だって、さっきなんか文句言ってたじゃん」 「い、言ってねえ! つうか、うるせえ! オレの前で幼馴染ラブ的にいちゃこらなんかされたらたまんねえだろうが!」  幼馴染ラブ、なんてのは、まあ、たぶんないけど、やっぱりそういうことか。それらしい理由をつけてたけど、単純に嫌だっただけだ。  女が絡むだけで、冷静になれない問題児は誰よりもこの人だと思う。もうため息さえ出ない。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加