6章 面掛十人衆(一部)の男たち

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6章 面掛十人衆(一部)の男たち

 権五郎神社を擁するる地域は、海沿いを走る国道234号線に沿って広がるエリアだ。鎌倉の南に広がる砂浜、由比ヶ浜の西に接している。  その地域に根本さんを除いて、4人の氏子さんが住んでいる。  海へと通じる車も入れないような細い路地の途中に氏子の1人は住んでいた。  古谷。  その表札がかかっている家はすぐに見つかった。道路よりも敷地が高くなったところに建つ、コンクリート打ちっぱなしの洒落た家だ。道路と同じ高さにつくられた車庫には、サーフボードが2つほど立てかけられている。  ドアホンを鳴らすと、どうやら中川のじいさんが先に根回しをしてくれていたらしく、反応は早かった。「はいはい」と言ってすぐに出てきてくれたのは、今では十人衆の先代となった正男さんの方だった。  モダンな家に住まう印象よりは落ち着いた骨格の張ったおじいさんだった。すぐ由比ヶ浜が近いだけあって、真っ黒に日焼けしていて若く見える。 「なんか、ごんごろのことで話を聞きたいって、蓮さんから聞いてるよ」 「はい、お忙しいところ申し訳ありません。ご面倒をおかけしますが、支倉実篤といいます。こっちは宮島慧」  ぺこりと頭を下げた。 「息子の克己は、この時間は普通に仕事でね。オレが対応させてもらうんで大丈夫かな?」 「ええ、十分ですよ。早速ですが、ちょっとお話については、録音させてもらってもいいですかね?」  少し驚いた顔をしつつも、正男さんはうなずいた。  おっさんが話を聞き出し、オレがそれをスマホで録音する。そういう役割分担になっている。 「正男さん、克己さんお2人とも、ごんごろをかわいがってらしたと聞いています」 「そりゃなあ。だって人懐こくてかわいいじゃないか。ごんごろって名前はオレがつけたくらいだ」 「それは初めて聞きました」 「まあそれ以前から、なんとなく権五郎とか、ごんとか、ゴローとか、そんな感じで呼ばれてたっけ。でもごんごろがいい、って決めたのはオレだから」 「じゃあ今回、ごんごろがいなくなってだいぶ心配でしょう」 「……本当だよ。もうオレよりじいさんなんだよ、ごんごろは。いったい誰がこんなひどいことをしたのか。とはいえ、まだ死んだって決まったわけじゃない。あんた達が探してくれてるんだろ?」 「ええ。それで、実はごんごろがいなくなったのが、18日、つまり例大祭の日だと考えられるんですね。そこで、実は神輿庫の裏の方で怪しい人物を見かけたという話も出てきていまして。当日儀式をされていた氏子の皆さんに、何か変わった様子がなかったか、不審な人間は見かけていないか聞いて回っています」  そう問われた正男さんをじっと見つめた。  もし神輿庫の裏にいた当の人物なら、動揺しないはずがない。そう見越していたけれど、正男さんは眉をひそめただけだった。 「怪しい人物? そんなのいたっけかなあ……」  考えこむ様子で、しばらく黙って頭をめぐらせているようだった。 「正直、見かけた記憶はないなあ……。実際、例大祭の間は、関係者がひっきりなしに出入りもするから挨拶しなきゃならんし、それに爺役を譲ったからといって、祭りの運営が滞りないかどうかの確認も観光客の交通整理もあるしな」 「そうですよね。では交通整理している時に気になるような人は?」  正男さんはまた腕組みをして、記憶を掘り起こしているようだった。 「そういうおかしなやつがいたら印象に残ってるか、あるいは注意を払うと思う。でも、覚えてる限りはそんな人はなかったな。まあ、交通整理も交代制だから、絶対じゃない」 「わかりました。ちなみに、ごんごろには大好きなえさのシリーズがあるんですが、ご存知ですか?」 「いや? ごんごろはなんでも食べる。特別好きなえさなんてあったかな」 「ありがとうございます。何かほかにおかしなことを思い出したら、少しでもいいので、ここにある電話かメールかでもご連絡をいただけると幸いです。これも何かの御縁ですから」  おっさんはそう言って名刺をとりだした。  思わずぎょっとしておっさんの手元を見た。  名刺なんてもっていたのか。いや、大人で店をやっているなら名刺が必要な場面もあるだろう。でもおっさんと名刺が結びつかなかった。  おそらく克己さんも似たようなものだろう、面をつける人間は、あまり俗世のことに煩わされているよりは、来る行列の時間に向けて、写真撮影に応じたり、心持ちを静かにして待機しているのが望ましいのだそうだ。そう教えてくれた正男さんと別れて、次の目的地へと歩き出した。
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