6章 面掛十人衆(一部)の男たち

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「理音!」  その背中に声をかけると、理音が一瞬びくっとしたように肩を震わせて、それから少し諦めたように振り返った。 「なにやってんの? 今、そっちの路地から出てきたみたいだけど、」  その方角は、慧とおっさんがこれから向かおうとしていた安堂徹さんの家がある方角だった。 「うん、ちょっとお手伝いを」 「お手伝いって、何?」 「……慧くんたちのお手伝い」  おっさんに止められたのに黙って動いたことにバツが悪いのだろう。歯切れが悪い言い方をした。 「まさか、氏子さんのとこ行ったの?」  少し問い詰めるような口調に、紬がキッと慧をにらみつけた。 「悪いことなんてしてないでしょ! お姉ちゃんをいじめないで!」  い、いじめ!? 「いじめてねーし!」  思わず言い返すと、紬はなおさら射殺さんばかりに仁王立ちでにらみつけてくる。 「ごんごろを見つけるのはあたしとお姉ちゃんなんだから!」  そんな勝負ごとじゃないし。  また言い返したくなるのを抑えこみ、理音を見た。 「で、どういうこと、これ」 「……うん、あの、ごめん」  理音はそう言うと、慧の背後の方に目をやった。 「まあ我慢できないだろうとは思ってたけどな」  おっさんが苦笑しながら紬の前に行ってしゃがみこんだ。 「紬、すげえ偉いな。お姉ちゃんと2人でごんごろのために、がんばってんな」 「そ、そうなの! がんばってるの! ごんごろ、絶対待ってるから!」 「うん、そうだな。きっと紬が助けに来てくれんの待ってるな。ごんごろは紬のことわかってるんだもんな」  紬の顔が少し穏やかになったように見えた。餌付けの効果はてきめんなんだな、と改めて思う。 「でな、紬。どこに行ってきたか、野狐に教えてくれねえかな?」  紬が隣の理音を見上げた。理音は小さく肩をすくめて、「いいよ」と紬に言った。 「えっとね、根本け……け」 「顕吾さん」と紬の言葉を理音が補足した。 「顕吾っていう人。それから安堂徹っていう人」 「2人とも、いませんでした」  理音は紬の後を引き継いで、淡々とそう言った。 「いなかった?」 「根本顕吾さんは、日中はお勤めだからって、奥さんに言われました。なので奥さんに事情を説明して、後から根本さん御本人から連絡をもらえるようにお願いしています。それから安堂徹さんは、ドアホン押しても玄関で声をかけても全然返事がなくて。だからお留守だったのかなと思っているんですけど……」 「けど?」  おっさんが理音の言葉尻をとらえて、「なんか気になったんなら言ってみ?」と促した。 「はい。そう思ったんですけど、玄関が透けないガラスの格子になっていて、その向こうでなんか動いたように見えたんです。もしかして、介護されている母親の佐和さんかな、と思ったんですけど、それにしては、家の前に、水色のすごく大きなバケツみたいなものがたくさん置いてあって水びたしだったんです。今までそこで作業してた、その途中のような感じで」 「なるほど。わかった。じゃあ、とりあえず先に細田照彦さんのところに行くか」 「あの……私と紬ちゃんもいいんですか?」 「まあいまさら帰れって言って帰らねえだろ?」  うなずいた理音におっさんは苦笑すると歩き出した。やっぱりなんだかんだ、おっさんは女に甘い。
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