6章 面掛十人衆(一部)の男たち

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 静かに、と言われてそっとまた庭に面した和室に、男4人、理音について戻った。  静かにね、とまた理音に言われながら、徹さん、中川のじいさんの後ろから和室をのぞいた。 「ああ……」と深く息を吐くようにつぶやいたのは中川のじいさんか、徹さんかはわからなかった。  日が落ちて暗くなった庭に向けられた籐の椅子。そこに座ってうつむくように眠る佐和さんの膝にはごんごろがへそを上にするようにして、軟体動物ばりのアクロバティックな姿勢で眠りこけている。たまにふごーといういびきの音もしてくる。  そして撫でるままに眠ってしまったのか、紬が佐和さんの膝とごんごろとに頭をくっつけるように寄りかかって口を開けて眠っている。 「よく眠ってて、起こせなくて。そっちは話もちょうど終わりかけのようだったから」  理音が小さくささやいた。  でも、次の瞬間。  激しく咳きこむ音がした。 「あー……」と今度は、誰がもらした声だろう。  咳きこむ音に、2人と1匹が身動ぎして目を覚ましたようだった。 「ああ、……眠ってしまったみたいだねえ。どうしたね、徹、そんなに咳きこんで、って、ああそうか、八太郎がいるからだねえ、かわいそうにねえ、ごめんねえ。これから漁だっていうのに、そんな咳きこんでちゃあ、きついよねえ。あたしのことはいいから、ほら準備しないと」  佐和さんが振り返ってそう言い、徹さんほどではないけど日に焼けたしわの多い顔にやわらかな笑みをにっこりと刻んだ。その言葉に、徹さんの背中が大きく震えたように見えたのは、きっと気のせいじゃなかったと思う。  紬は爆睡していたのを起こされて、少しぐずっていたけれど、ごんごろがぶさいくな鳴き声で慰めたことで、すぐに機嫌をよくしていた。  2人のそばから、ごんごろも離れる様子はなく、のんびりと佐和さんの膝の上で箱座りしている。理音がそのそばに近づくと、紬が嬉しそうに「見てて!」と言った。あごの下、鼻の脇、ひたい、それから耳の後ろ、しっぽのつけね、と口に出しながら、紬がごんごろを撫でてやる。  そうされながら、ごんごろはやっぱり鼻をすぴすぴするような音を立てながら目を細めている。 「お姉ちゃんもやってみて!」 「紬ちゃんみたいに、ごんごろ、喉鳴らしてくれるかなあ?」  2人の子どもを前に佐和さんはにこにこしている。そしてごんごろは、ぶみぶみと鳴いている。 「ねえ、そういえば、ごんごろって占えるんだよね?」  理音が撫でているところに近づいた。紬の濃いまゆがぴくりと吊り上がりつつあるのを無視して、ごんごろのそばにしゃがむ。少しかゆい。 「ごんごろ。教えてほしいんだけど」  ぶにゃ、か、ぶに、かわからない返事をされた。 「ごんごろは、この家にいたいですか? イエス? ノー?」  目を細めたごんごろのしっぽが、ぱた、と1回振られた。おっさんが「おぉ……」と感心するような声を出した。 「じゃあもう一個。ごんごろは、このお家の人に連れ去られたの?」 「慧」とおっさんがたしなめてきたけど、慧はごんごろのしっぽを見つめた。  目を開いて、それからまた細めたごんごろのしっぽが、ぱた、と振られた。  もう一度、振られる。  まわりで息を飲んで見ていた誰もがそう思っていたのに、ごんごろは、ぶにゃ、と鳴くと目を閉じて佐和さんの膝の上であごをのばしてそのまままた眠りに入ったようだった。 「……はは。ごんごろの占いは、当たらねえんだな……」  ガラガラの声が泣きそうな響きとともにつぶやいた。 「そんなことないですよ。さすがごんごろ、占いが当たるってのは嘘じゃねえんだな。安堂さんがごんごろを少し預かっただけだってこと、よくわかってる」  おっさんがそう言って楽しげに笑った。そにつられたように中川のじいさんが、小さく吹き出すように笑った。 「本当にの。まったく猫のくせに、ここの男連中より女を侍らせるのがうまいとは。まあこのうちでガス抜きは適度にしてもらわんと、神社で女性ばっか侍らせられても困るからのう」 「こんなに鳴き声かわいくないのにね」 「ごんごろはかわいいの! 鳴き声もこれがいいの!」  紬に怒鳴られて口をつぐむと、おっさんが「ま、正妻は紬ってとこだな」とつぶやいた。  その時、徹さんが中川のじいさんに声をかけようとしてまた咳きこんだ。 「ああ、ああ、いいからいいから、向こうの部屋に戻るかの。勲さんに線香の一つもまだあげとらんで悪いことした。ほれまあ、なんというかな、とりあえずごんごろは、こっちと神社とでどう見ていってやるか、吉水さんたちと相談するとしますかな」  中川のじいさんの言葉に、徹さんから鼻をすするような音が聞こえた。  慧とおっさんの脇を通り過ぎて、仏間に戻る徹さんの目がちらっと赤く見えたのは、たぶん猫アレルギーのせいだけじゃないだろう。
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