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「なんだろう…コレ…」
ソファーの前に落ちていたのは、プラスチックの破片だった。
全体の長さが5センチメートル程の二等辺三角形のような形で1番長い一辺だけが折れたようにギザギザしていた。
何かが割れて落ちた欠片に見えたけど、周りにはその欠片が当てはまるものが何も無かった。
ここは調剤薬局で、欠片が落ちていたのは、処方箋を持ってきて薬を貰う患者さんが座るためのソファーの前。
「どうしたの?」
欠片を手に唸っていた私に同僚が声をかけてきた。
私と同僚は薬剤師ではなく、事務方のスタッフなので、閉店前に店内の清掃やテーブルをアルコール消毒する作業中だった。
「コレが落ちてたんだけど…」
手のひらに乗せた欠片を同僚に見せた。
「ん?何か割れた?」
同僚も周りにあるものを確認し始めた。
「割れてるものは無いねぇ…」
同僚の言葉に
「そうなの…なんだろう…」
結局、最初の呟きに戻り
悩んだ者が2人に増えただけだった。
「落し物?」
そろそろ閉店時間になっていたのに、ソファーの前で悩む私たちに薬剤師が声をかけてきた。
同僚にしたのと同じ動作で手のひらの欠片を見せた。
「…なんだろう?」
薬剤師も周りにあるものを確認し始めたが、欠片の本体は見つけられなかった。
「…捨てるね?」
私の言葉に
「一応落し物としてしばらく置いておく?」
と同僚。
「捨てるのはいつでも出来るし、ね」
と薬剤師の言葉で
「10月14日 窓際ソファー前」
と、状況を記したメモを欠片と一緒にビニール袋に入れて落し物入れの引き出しにしまった。
「あ、もう閉店時間だね」
同僚の言葉に慌てて片付けを再開した。
「お疲れ様でした~」
と声をかけて店を出た頃にはもう、その欠片のことは頭からきれいさっぱり消えていた。
翌々日、お店の電話が鳴った。
たまたま電話の近くにいた私が出る。
「はい、薬局です」
「あの…つかぬ事を伺いますが…」
と不安そうな男性の声の電話だった。
薬局はたくさんの電話がかかってくる。
薬の飲み方や目薬の順番などの質問が多いが、どれを飲んでいいか分からなくなったなどの??な電話もよくかかってくる。
不安そうな声はいつもの事だし、内容が薬に纏わることなら薬剤師に電話を代わるので、空いてそうな薬剤師を探しながら応対していると
「2日前に落し物をしたのですが…」
要件を聞いて頭の中で落とし物入れの引き出しの中を思い出す。
「はい、どんなものですか?」
「えっと…プラスチックの…多分割れていると思うんですが…」
そこまで聞いて、やっと思い出す。
「ああ!手のひらサイズのプラスチックの欠片ですね?」
男性は慌てたのか
ガチャンと音をさせている
「あぁ、すみません…まさかすぐに分かるとは思わなくて…」
思わずクスッと笑ってしまって
「いえいえ、何かの破片のようでしたので、一応保管してありますよ」
私の声に
「あっ…そうですか…そっか…あるんだ………あの…取りに行っていいですか?」
男性は少しホッとしたような声で言うので
「もちろんです。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
と私が言った途端に
…電話が切れた。
??????
焦りすぎじゃない???
あんな欠片に???
とは思うけど、何が大切かは人によって違うのだから…と思い直す。
その日のシフトが一緒だったのは、この前の同僚とは別の同僚だったし、事情を知る唯一の薬剤師も今日は休みだったから、あの欠片のことを知っているのは、今日は私一人だった。
今日一緒の同僚に
「落し物のことで患者さんが来たら私に知らせて」
と伝言をして、途中だった処方箋の入力に戻った。
それからは次々と来る患者さんの処方箋の入力や対応などでバタバタとしていたが、少し患者さんが途切れて落ち着きを取り戻し、店内の患者さんがいなくなった瞬間に
「…あの…落し物を…」
と、男性に声をかけられた。
振り向くと70歳くらいの白髪の男性が立っていた。
電話で話した声はもっと若く感じていたのでびっくりした。
「プラスチックの破片の落し物ですね?」
一応確認する。
落し物入れには他にもたくさん入っているので、たまたま他の件で来た患者さんかもしれない…と思ったからだ。
「あ、そうです」
肯定された。
「お電話頂いた方じゃないのですね?」
何故か私は執拗に確認してしまった。
聞いてしまってから、あんなゴミのようなものになんでこんなに確認しようとしてるのか…自分におかしくなりながら
「ただいまお持ちしますので、少々お待ちください」
そう言ってソファーへ誘導してから、落とし物入れに欠片を取りに行った。
ビニール袋に入ったそれはすぐに見つかり、男性の元へ。
「こちらでお間違いないですか?」
「あぁ…これです…」
初老の男性は両手で大事そうに受け取った。
欠片の入ったビニール袋を片手で持つと、空いた手で持っていたバッグから10センチメートル四方のプラスチックの箱を取り出す。
その箱は上の蓋のような部分が割れていた。
男性は箱を目の前のテーブルに置き、ビニール袋から破片を取り出すと、割れていた蓋に合わせた。
見事に一致した欠片。
透明なプラスチックの箱の中には、ミニチュアの世界が作られていた。
濃い茶色の艶のある木材の床。
丸く赤い絨毯。
その上に揺れるロッキングチェアが真ん中にポツンとあり、おばあさんの人形が座っていた。
背面に当たる部分には本がぎっしり入った重厚な本棚。
反対側には長方形のテーブル。
テーブルの上には小さな珈琲カップが2客。
その風景を上から覗き込んだ状態だった。
蓋をして目の高さに持ってきたら人形と同じ視線で見れるのかな?
「これは息子が作ってくれたのです」
男性が呟くように話す。
「亡くなった妻がよくこうしてロッキングチェアでのんびりしていたのを再現してくれました」
男性は懐かしそうに微笑む。
「これを作ってくれた息子も昨年亡くなってしまって…」
男性は悲しそうな顔になる。
「一人息子と妻を亡くしたせいか、コレを持ち歩くのが癖みたいになってしまって…」
男性は少しはにかんだ。
「持ち歩いたのが悪かったのでしょうね…何処かにぶつけたようで、蓋の部分が割れていることに気がついて…」
男性は困った顔になる。
「でもこの破片がどこにもなくて困っていたら」
男性が不思議そうな顔になり
「夢に息子が出てきて…薬局の人が保管してくれてるから行ってみな…と」
男性は笑顔で私の目を見つめた。
「…ありがとうございます」
初老の男性の満面の笑みがこんなに素晴らしいものだと思ったのは初めてだった。
「いえいえ…お役に立てたのなら良かったです」
私も満面の笑みで返した。
「本当に本当にありがとう」
そう言って、男性は箱を大事そうにバッグに戻すと、立ち上がり
何度も何度も頭を下げて店を出ていった。
うーん…
私から見たらただのゴミに見えたから捨てそうになったけど、取っておいて良かった。
あの時の同僚と薬剤師に感謝と、この男性の素敵な思い出話を伝えなくちゃね
そう思って振り返る。
カウンターの向こうから
怪訝そうな3対の目線が…
「…ねぇ…誰もいない所でなんで1人で話してたの?」
今日の同僚が眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「………………えっ?」
テーブルの上にはあの欠片をしまっていたビニール袋と私が書いたメモだけが残っていた。
終
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