女神のルージュ

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「ふ、ふえ……う、う、ふえええ……ん……」 尻もちをついて、顔から火が出て、なんかむしょうに恥ずかしくて、わたしは泣き出してしまった。 わたし、ファーストキスだってまだだったのに。 なのにその輝くように綺麗な女の人はくすくす笑って、指先でわたしのあごを持ち上げて、 「まだ花芽もつけていないな」 宝石のような蒼い目で、わたしの泣き顔をのぞき込んだ。 「私は、女神カリス。きみの望みをかなえてあげよう」 そう言って、光に溶けるように消えてしまった。 「沙也加、どうしたのそのルージュ」 ちょっとからかうような口調で、美香が言った。 わたしはかあっと赤くなって、机に目を落とした。 クラスの子たちもざわざわとこっちを見ている。 如月(きさらぎ)君まで、ちょっとびっくりした顔をしていて、ああ、わたしがお化粧してもやっぱダメなんだって。 たとえ女神さまのルージュでも。 消えてしまいたいような気持で、ちらと美香を見る。 明るくて、美人で陽気で、誰からも好かれて。 わたしだって、好きにならずにはいられなかったから。 でも、どうしても引け目を感じちゃうのが、苦しくなるときがある。 ウチの学校は校則がないも同然で、女子がお化粧しても髪型をどうしようと、先生はなにも言わないでくれる。 でも、いっそ校則でお化粧禁止とかにしてくれたら、まだ楽だったんじゃないかって思ってしまう。 とぼとぼと学校から帰ってきて、自分の部屋の鏡の前に座る。 「夢、だったのかなあ……」 でも、わたしの唇には、あのときのつややかなルージュが塗られたまま。 鏡台に置いた、ブランドものの化粧水をつけようと手に取ったとき、 「そんなもの必要ない」 聞き覚えのある澄んだ声が聞こえた。 「え……」 そのときだった。 わたしの持っていた化粧水の瓶が、宙に浮いた。 「え、待って!」 わたしがいままで夢中になって揃えてきた化粧品が、次々と宙に浮きあがり、 ふわっと弱い光に包まれて、消えてしまったのだ。 「こんばんわ、沙也加。若葉の乙女」 窓辺を見ると、あのときの女神様が、愉快そうにくっくっと笑って腰掛けていた。
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