六.逃げた先に

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──あれからどのぐらいが過ぎたのだろうか。 最初にここに連れてこられた時は、満月の笑った顔や、嬉しそうな声が鮮明に覚えていたはずなのに、交わりたくもない相手とそうしているうちに上書きされるように、段々と忘れていってしまっていた。 憶えていたいはずのものなのに。 多少なりとも憶えている時は、誰もいなくなり、一人になった途端に泣いていたが、最近ではその感情すら失せてしまって、光がすっかり無くなった瞳をただ、形だけの無機質の格子状の牢の先を見つめているだけであった。 窓も無く、牢の外に置かれている燭台が唯一の周りを照らす光で、今の時間帯や、牢の周りには何があるのか、全く分からない所であった。 梁に繋がれた縄は、高く上げた両手にキツく縛られ、たとえ捩っても意味を為さない。 しかも、片足ずつ部屋の隅に杭で打たれた縄に繋がれているせいで常に膝立ち状態であったが、もう慣れてしまった。 身一つ動かさず、ぼんやりと真っ暗な空間を見つめていると、しんと静まり返っていた中から、足音が聞こえた。 いつもの食事だろう。 三食きっちりと運ばれてくる。 食事の際は、両手を背中に合わせ纏めて縛り直され、犬のように這いつくばって食べるように強制された。 最初の頃は死んでやろうと思って抵抗をし続けたが、今はそうすることを止め、素直に食べることにした。 なぜなら、数回満月に会えるという、生きがいが出来たから。 そうなったのはここに来てしばらくした後のことであった。 満月のいる蔵までは、その状態の上に目隠しをされ、さらにその間に逃げられないように、首に繋げた縄を前後にいる者がそれぞれ持ち、連れ添う。 常に裸の状態だから外気に触れた途端に、ぶるっと体を震わせてしまうが、そんなことは些細なことだ。 行くまでの間、徐々に人間らしい感情が芽生えてくる。 一番人間らしく戻ってくるのは、満月と抱き合っている時。 その時の満月も嬉しそうで、終始笑んでいる顔を見せつけてくれる。 嬉しい。心が満たされていく。 何度も体位を変えて重ね合う。 会えなかった寂しさを埋めていくように。 またいつ会えるかな。 きっとまたすぐに会えるよ。 自由にさせてくれている両手を互いの両頬を添えて、笑い合って、唇を重ねる。 幸せそうに笑っている二人を見つめるのは、優しく照らしている満月だけであった。
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