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閑古鳥が鳴いている。
「はぁ〜、今日は暇ですねぇ〜」
腰掛けているレジ用の木製スツールをカタカタ鳴らしながら、パートの愛理ちゃんが眠そうに欠伸をした。
「今日はもう上がってもいいよ。この雨じゃ、お客さんも来ないだろうから。お給料も出すし」
天井に向けて細く吐き出したタバコの煙で、2平米ほどの休憩スペースは、あっという間に白く曇っていく。
「ほんとに上がっちゃってもいいんですか?」
「いいよ。たまには早くお迎え行ってあげて。その方が和馬くんも喜ぶでしょ?」
「んもぉ、ずるい! 息子の名前出されると、会いたくなるって前にも言ったじゃないですか〜」
「じゃあ尚更だ。ほらほら、帰る帰る。僕も今日は早く店閉めるし。気にせずに帰りなって」
「まぁた早仕舞いですか? 雨の日はいっつもそうなんだから。営業する気ゼロですよね〜。まったく、店長はお気楽すぎですよ〜」
「そうかな?」
「そうです。そんなだから彼女出来ないんですよ。いくら男前でもね、お金がない美容師はモテないんですからね!」
「ええ〜?」
レジカウンターから出てきた愛理ちゃんが、しぶしぶ帰り支度をする。
まだ若いのにしっかり者で、店では新人教育にも長けている頼もしい仲間。4歳の息子さんを女手ひとつで育てる彼女には頭が上がらない。呑気者の僕はこうしていつも心配されてばかりだ。
名だたる有名サロンと比べて、月とイモムシくらい売り上げに差が出るわけではない。
愛理ちゃんには内緒だけど、粗利だけで見ればそこそこあるのだ。
ただし、雨の日だけは別。
アクセスに劣るせいで、雨の日は駅前の大型サロンに全ての客を持っていかれてしまう。独立してまだ二年。固定客もようやく付きはじめた大切な時期。
そんな時に、雨で客足が遠のくからと早々に閉店するのは経営者としていかがなものかって?
知ってるよ。税理士にも言われた。
どうして雨の日だけ売り上げが悪いんですかって。
でも、それは仕方ない。
雨の日は、
僕ときみの、特別な日なのだから。
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