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店前に出していたスタンド式の看板を取り込み、扉にcloseのプレートをかけようとレジ下の収納棚を漁っていると、入り口の鈴が軽やかに鳴る。
チリン。
「いらっしゃ──」
「今日はもう……閉めちゃうんですか?」
入り口で濡れたビニル傘を畳みながら、誘うように向けられる懐こい笑顔。その姿に、一瞬目を奪われた。
「閉めるよ……だから、もうお客はきみひとり。二人っきりでゆっくり話せるね」
そう返せば、きみは直ぐに顔を赤らめる。
「っ、その言い方」
「変態っぽい?」
「うん」
「はは、ごめん」
気恥ずかしそうに、こちらに向かって歩いてくるのは、この店がオープンしてからの常連さんであり……僕の恋人。
まあ、恋人と言っても、前の店にいた時から足掛け三年がかりでじわじわ落としにかかって、ようやく先月手に入れたばかり。
だから、正直まだ何もしちゃいない。いや、未成年だし、しちゃ駄目か。
「それにしても、びっくりした。制服姿だと、雰囲気全然違うね」
「今日は塾無い日だったので、そのまま来ちゃいました。それに雨の日だし……」
少し伸びたえりあしを触りながら、はにかむ白い頬に手を伸ばす。
わずかに濡れた毛先から首筋を伝う雨粒が、制服のシャツに染みを広げていて、うっすらと透けて見える肌は、同じ男とは思えないほど綺麗で、妖艶で。
それだけで僕の理性は簡単にグラつく。
「寒かったでしょ。ほっぺ、冷たい」
指先ですりすりと頬を撫でると、まるで飼い猫がするみたいに、心地よさそうに目を瞑る。そんなきみは、天使じゃなくて悪魔だと思う。
天然のあざとさなのか。
計算なのか。
ひとまわり以上も歳の違う僕が、きみのそんな些細な行動ひとつで、こうして心臓が高鳴るのを必死に隠してるなんて笑えてくるけれど。
でも、雨の日は特別。
誰にも邪魔なんてさせない。
きみが天使だろうが、悪魔だろうが。
ここに閉じ込めてしまえば、僕のものでしかなくなるのだから。
「寒かったです……けど、今はちょっと熱いかな」
パタパタ、手で顔を煽ぎながら鞄をロッカーに入れる。その後ろ姿を眺めながら、首を傾げた。
10月下旬の雨。
まだ暖房を入れていない店内は、心なしか寒い気もするけれど。
「熱いの?」
「う、ん……圭吾さんと二人っきりなの、久しぶりだから。嬉しくて、ちょっと熱い」
「あのねえ……」
どうしてこう、きみは考えも無しにそういう事を言っちゃうんだろうね。
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