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なんだかやけになった私は、大胆にも内浜の肩を手でどかし、その椅子を奪って電子オルガンに向き合った。
「ふぅ…」
ひと息つくと、習っている途中のクレメンティーのソナチネを乱雑に弾き始めた。
指使いの練習を丁寧に教えるのを突然放棄して、さぞ内浜は驚いただろう。
ゆかりちゃんが昼休みに弾いたモーツァルトよりずうっと易しいものだ。たとえピアノを教えるのが初めてだとしても、初心者相手を置いてけぼりにするひどい振る舞いだと思う。
ただし、滑らかに弾けたのは最初だけで、やがてつっかえつっかえになり
「……あれ?」
と呟きながら左手と右手が合わなくなっていった。
第一楽章の半分にも満たないところで「ま、こんなもんでしょ」と演奏を終えてしまう有様だった。
私は何をしているのだろうか。
なんで自分から恥をかいているのだろう。
「……わかったよ。」
自分に呆れかえっていたそのときだった。
「明日、ゆかりに謝る。変なピアノサンキュー!」
こちらを向いてニカッと彼が笑ったのだ。左手で鍵盤を撫でて、右手は親指を立ててグッとして見せ、すぐさま机に置いていたランドセルを背負って彼は走って帰っていった。
午後16時を回って、教室内には下校のチャイムが鳴り響いていた。
私の心には、その迷いが晴れたような明るい表情が離れなくなってしまった。そう、内浜の歯を見せて笑うその顔がすべてだった。
私のなかの何かを突き動かす力となって、全身が瞬時に囚われてしまった。
そう、恋に落ちてしまったのだ。
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