プロローグ

1/1
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

プロローグ

 朝、目が覚めると彼の顔が目の前にあった。  しっかりと閉じられた瞼を縁取るまつげは長く、黒くて艶やかな前髪の下にあっても、その存在感を私に見せつけている。  白くて透明感のある肌に映える薄桃色の唇は私好みの厚さだ。触ったことはないけれどとても柔らかいのだろう。全体的にとても整った顔立ちの人だ。  服はいつもと同じ、黒いスーツ姿のままだった。彼は年がら年中このホストのような真っ黒い服を着ている。おまけに、夏でも真っ黒い皮の手袋をしている。  年齢は20歳前後に見えるけど、実際は分からない。  私は普段、彼に心を許さないようにしている。  興味を持ったり、質問したり、してはいけないと思っている。  完全に無視。何があっても無視。反応したら負け。彼の思う壺になる。  ……でもやっぱり、添い寝はないでしょうよ。 「ちょっとーーー! そこで何やってんの!!」    我慢できずに、私は拳を固めると同時に彼の顔面に向かって腕を突き出した。  当たれ! と願ったけれど、残念ながら寸前に彼は「ふわああ」と大あくびをして起き上がる。 「おはよう、小鳩(こばと)。よく眠ってたね。俺もいつのまにか一緒に寝ちゃったよ。気持ちがいいな、小鳩のベッドは」  ボサッとした髪型でさえアリなのかもと思わせるセクシーな眼差しで彼は微笑む。 「勝手に寝ないで! っていうか乙女の部屋に勝手に入ってこないで! このキモストーカー!!」 「ストーカーとは失礼な」  ムッとした表情を一瞬だけ浮かべると、彼は私にグッと顔を近づける。 「俺は君のそばから離れられないだけだよ、愛しい小鳩。俺と一緒に天国へ行こう」  優しく顎を触られ、背中がゾクッとした。 「行きません!」 「大丈夫、怖くないから。俺、上手だよ? 絶対痛くしないから、さあ」 「嫌だったら嫌! まだ私──」  死にたくない。  はっきりと拒絶を込めて、私は彼の整った顔を睨みつけた。  彼の名は「R」  私の命を取り立てに来ている──死神だ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!