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「私をあわれに思うなら、必ず生き抜いてくださいまし。そしてまたいつの日かお会い致しましょう。この御世ではない、いつかどこかにまた生まれ落ちて──」
「そんな遠い先のこと、巡り会ったとしてもお互いに忘れてしまうかもしれないではないか」
駄々っ子の言い訳じみたことを言って再び抱き寄せようとすると、菖は不思議なことを言った。
「私が死んだら、御子さまに私の魂を半分差しあげます。それを目印にすれば、どんなに時を跨いでもまた必ず逢えるはず。天の恩寵があれば、きっと」
「恩寵?」
聞いたことのない言葉だった。自分より身分の低い下女がなぜそんな言葉を知っているのだろうと不思議に思った時、御堂の外門が壊される音と、木材の焼ける匂いが立ち上り始めた。
「さあ、今すぐにここを出て。裏から出ると逆に危うい。待ち構えている武士がいます。助けてと叫んで堂々と正面から逃げるのです」
「嫌だ! お前と一緒でなければ己は行かぬ!」
菖は悲しげに笑って、突然駆け出した。その先は正面の扉だ。
「やめろ、菖!」
閂を外して菖が叫ぶ。
「助けて! 私はただの下女にございます!」
扉を左右に開け、さあ、と菖が己を振り向いた瞬間だった。何十という数の矢が狭い御堂の入り口に雨のように降り注いだ。
菖は咄嗟に己を突き飛ばした。
そしてそのまま己の盾となり、首や胸に数カ所の矢を受けた。
「菖!」
御堂の床に倒れ込み、血を流しながら「申し訳ありません」と菖は詫びた。
「私が浅はかでございました……敵軍は……我らを皆殺しにするつもり……」
「もう何も言うな」
菖が助からないことは一目で分かった。涙が溢れて彼女の頬に落ちる。
「己もすぐに逝く」
「いいえ……御子さまは死なない……。私が……守る……」
菖が手を伸ばし、己の手を握った。
「愛しい我君……どうか……生きのびて……」
その時、己は幻を見た。
菖の胸の辺りから光の珠玉のようなものが浮かび上がってくる幻だ。その光は繋がれた手と手を伝ってゆっくりと己の腹の中へと吸い込まれていく。小型の太陽のように熱を持った光だった。
光に目を奪われているうちに、菖は冷たくなっていた。
あれほどあまい匂いのした体からは血の匂いしか香らなくなっていた。
己の嗚咽だけが悲しく伽藍堂に響いた。
菖と同じように矢で射られて死のう。
そう決めて堂々と扉から外に出た。
再び雨のように矢が降ってきた。
だが、不思議なことに、矢は己の身に一本たりとも当たらず、かすりもせずに通り過ぎた。
菖の言った通りだった。
敵が何十、何百と矢を撃ち込んでも、己は死ななかった。
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