数百年前

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数百年前

「死神になりたいだと?」  男は涼しい顔で、神と人間が崇めるものに向かって「はい」と答えた。  男は閻魔によって天国行きを宣告され、そこに着いたばかりだった。  難しい裁量ではなかっただろう。男は一族を亡くすという不遇な運命を背負いながらも賢く生き、立派に成長したのちは良き領主として長くその地を治め、最期は流行り病によって病死した。領民は下々に至るまでその死を悲しんだという。彼は天国へ行くのにもっとも相応しい人間だったのだ。    男は美しい二十代の若者の姿で神と向かい合っていた。艶やかな黒髪に白い肌、微笑む口元は甘く誘うように紅い。  しかしその外見よりも目を惹くのは、男の胸に宿る恩寵の光の輝きだった。  生きている間に多くの人間を救い、癒し、徳を積んだのだろう。肉体から透けて見える程の強さでそれは光り輝いていた。 「私はこの力で迷える魂を救済したいのです」  神は真意を量るように男の目を見た。  死神や天使と呼ばれる存在は、神が人間のために作り出したシステムのようなもので、本来、人間がなりたがるものではなかった。いや、なれるものではなかった。  人間のように感情を与えられてはいるが、淡々と任務をこなし、神に逆らえば不具合として消去させられる。簡単に取り替えのきく道具と同じである。 「何故死神などになりたがる? 人間は輪廻転生するものだ。天国はそのための準備の場。人間が長く留まるところではない」 「転生をすれば前世の記憶が消されると聞きました」  男ははきはきとした口調で答えた。 「私は私の記憶を持ったままでいたいのです。忘れたくない人がいます。その人が転生するのをずっと見守っていきたいのです。命が尽きる時は怖がらずに逝けるよう、私が寄り添っていたい」  花を摘むように、と男は微笑んだ。 「それはお前の魂と結合している者のことか」 「これが目印になって、再び逢えるとあの人は言っていました」  男は自分の胸に手を当てた。   「巡り逢いたいのです。あの人と、何度でも」
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