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春斗と楠葉
今にも絶望の底に叩き落されそうな、不安で満ちた顔を見せる。春斗は必死に落ち着かせようと
「おいっ楠葉、心配するなって。大丈夫だから!」
しかし、まるで耳に入っていないように、楠葉は視線を落とし肩を震わせる。知らない自分を春斗に見られてしまったことで、鬼胎は無音の涙へと変わって顕わになっていく。
そして震えた瞳で
「……うそ、でしょ……やだそんな……私、そんなのやだ。どうしてーー」
と消え入るような声を漏らす。春斗は肩を摩りながら
「なぁ楠葉、しっかりしろって。大丈夫だから、今はここ出よう。あとでちゃんとーー」
しかし言い切る前に、楠葉の慟哭にかき消された。楠葉は、今までの全てをそこに吐き出す様に
「やだぁっ! なんでよ、どうして……せっかくここまでっ、どうして、どうして……どうして私の邪魔ばかりするの……こんなのいやぁっ!!」
膝をしきりに拳で叩き、泣きじゃくる。春斗との日常を自ら壊したという事に対する、やり場のない思いが、苦痛帯びた声をさらに締め上げていく。
春斗は、そんな自らに向けられた矛を掴みながら
「おい、やめろって! 落ち着け、大丈夫だよ。俺がついてるから!
なぁ、一人で抱え込んできたんだろ? 辛かったよな。俺で良かったら、いや……俺にも背負わせてくれよ。なぁ楠葉、もう一人で悩むなよ!」
春斗の手を纏った矛は、ひたすら上下して自らの膝を打つ。どうしようもない感情を体現するように……。
「いやだぁっ! それが嫌なのっっ!! なんでよ……こんなのってないよ、っどうしてっ!
春斗……っ、はるとに一番知ってほしく……っなか、たの……なのに、どうしてこんな……っあんまり、だよーー」
と、上体を折って膝の上で顔を隠す。春斗は諦めることなく楠葉の前にしゃがみこんで、見えぬ顔を見上げながら
「楠葉っ! 聞けって!」
と肩に手を置く。肩も声も呼吸も、全ては酷く震えていた。ただただ、声にならない声が静寂を打ち消し続ける。
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