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まるで世界に、二人だけしかいないような静寂が包む。
楠葉は、片手を口にかぶせながら嘆きを漂わせる声で
「ーーっだって……普通じゃないんだよ……こんな私……っ私なんか春斗には……」
と、消え入る声で深く俯く。春斗は、楠葉をどこにも行かせまいと瞬きすることなく、ジッと見つめたまま
「……じゃあさ、これを俺たちの普通にしようよ。楠葉と俺で普通を作ろうよ。楠葉がいない方が、俺にとって普通じゃなくなっちゃうんだよ。
明日の文化祭、一緒に見るって約束したよな。だからさ、俺からも約束一つお願いしても良いかな」
楠葉は不規則な呼吸のまま、涙を拭い春斗にそっと視線を向ける。春斗は全てを包み込まんと微笑んで
「楠葉、俺をそばにいさせてくれないか? 文化祭だけじゃなくってさ、これから楠葉と一緒にいろいろ、過ごさせてほしい。
俺は、楠葉の全部が好きなんだよ……だから、これからも傍にいさせてくれる約束、してくれないか?」
と楠葉にそっと小指を差し向ける。
楠葉は、やまぬ涙を連れたまま椅子からサッと下り……倒れ込むように、春斗の胸に顔を埋めた。
自分で支えきれないすべてを、春斗に預ける様に。春斗を掴む手は側にいて欲しいと、ただただ主張する。近くて遠かったものを、やっと近くに感じながら……ただ顔に触れる温もりを確かめながら、ゆっくりとした時間が流れるーー
その後、楠葉が少しは落ち着きのある息遣いをし始めた直後だった。
不意に楠葉の頭と春斗の顔のあたりを、パッと光が当たる。
「おい、何してるっ?」
と、警備員の声があたりに響いた。春斗は慌てて楠葉の肩を持つと
「おいっ楠葉、まずい立てるか、行こうっ!」
楠葉は驚きつつ、春斗に続いて立ち上がろうとするが
「きゃっ……!」
と、声を上げた。そして、もう一度立ち上がろうとするが、片膝が崩れ落ちる。
駆け寄ってくる足音の中、春斗は屈んで楠葉を支え
「おい、どうした。大丈夫か?」
「……やだ、っごめん、足捻ったみたいで……力がーー」
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