楠葉

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楠葉

 金木犀の香りが強まる中、校内では明日に控える文化祭の準備が、着々と進められていた。  いつもより活気付き、装飾や看板などで華やかさを極めた廊下を抜けて、プリントの束と共に職員室へと向かうのは、クラスメイトの春斗(はると)楠葉(くすは)だ。  袖で半分隠れた手を、あくびを隠すために使う楠葉からは、口は隠れても声が漏れた。 「ほあぁう……んむー買い出しどうしよっかぁ?」  ほんのり潤う瞳で、春斗を一瞥。そんな潤んだ目を見ることなく、春斗は窓の外から、コンクール向けの野外ステージを見下ろしたまま。 「あぁ……みんな手いっぱいだしな。俺が後で行ってくるよ」 「そっかぁ。じゃあさ、それ私も行くね」  春斗は楠葉に向き直り、まん丸な目を見ながら 「おぅさんきゅ。というかさ、楠葉……本当に大丈夫なのか。戻ってきてから、すごい眠そうにしてるじゃんか」  眉をピクリと上げた楠葉は、目をぱちくり。 「ええっと、んまぁ……ちょっとねむーってだけだから大丈夫。春斗は心配しすぎだよ、ふふ。  でも、昔っからそうだもんね。私が怪我した時もさ。親より全然、心配してくれるし」  そして、懐かしむような眼差しで、プリントの束を胸に抱え直すと、再び口を開いた。 「……ねぇ春斗、覚えてるかな? 中学の時にさ、私が指切っちゃった時のこと」  それを聞いた春斗の頭でスッと引き出しが引かれる。 「あれなぁ、覚えてるよ。帰りに下駄箱で佇んでて、何かと思ったら指が血だらけなんだもん。マジで焦ったし、あれは。しかも楠葉も慌て始めるしさ……。  というか、なんであんなふうに怪我してたんだよ」  楠葉はヒヤリとした面持ちに苦笑を上塗りさせた。 「あぁ……あれは。えへへ、ちょっとドジっちゃっただけだよ」  春斗は納得したものの、憂い帯びた目は変わらず。
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