プロローグ

1/5
12009人が本棚に入れています
本棚に追加
/466ページ

プロローグ

 太陽はまだ空高くに存在して、部屋にはその光が零れている。ヤツは俺の意志など関係なく、ましてや真昼間という世間的常識さえもおかまいなしに、俺を組み敷いた。  固いフローリングの上だ。そこは、俺が何年も生活してきた空間であり、何人かの人間がそこを歩き、そこに座った。  本来、床というものは地盤であり、部屋の中ともすれば、歩く道と化すか、座る場所と化すか、あるいは何か荷物でも置くところ。そういった場所だ。決して俺自身が押し倒されるために存在しているのではない。  その証拠に、勢いよく押しつけられた背中には、じんじんと鈍い痛みが伴っている。なんてことだろう。  ハルは、俺にとって大事な友達だ。親同士が仲が良かったことで生まれた頃からずっと一緒にいるいわば幼なじみだ。大学だってわざわざ同じところへ行って、この29年間ハルを信用していたし、幼なじみでもあり親友と呼べる存在だと認めていた。  それが今、なぜかおかしな状況に陥っている。彼にとっても俺は大事な存在だったという。それは数分前、彼の告白で知った。俺たちはお互いに信頼し合っていたし、必要としている。それは紛れもない事実だ。しかし、この状況はあまりにも不可解だ。  なぜ男の俺が、男のハルによって押し倒されているのか。なぜ、彼はこんなにも真剣な眼差しで俺を見据えているのか。押し倒されているのは俺の方だというのに、なぜだか罪悪感が募る。これは絶対におかしい。この先に進んだら俺たち、後戻りなんてできない、たぶん。 「マオ……」  ハルの声は震えていた。そして、なんだか切なそうな顔で俺を見た。そんな顔をされたら、俺だってきつくは言えない。傷つけてしまうのは、俺だって怖い。 「ハル、俺さ……」  口を開いたものの、なんて言えばいいのだろう。男同士でこういうのはまずいというべきなのだろうか。しかし、ハルだってわかっているはずだ。こういうのが普通でないことくらい。  そんなことを考えている内に、ハルの顔と俺の顔との距離が近付いていることに気付く。俺だって、今まで彼女が一人もいなかったわけじゃない。それなりにお付き合いというものもしてきたし、なんせ健全な男だ。  この先に起こり得ることは、容易に予想できた。いけないとわかっていても、反射的に目を瞑ってしまう俺。 ーーああ、これじゃ俺、自分から求めてるみたいじゃないか。  そう思った時には、唇に柔らかな感触を感じていた。  目を開けると、頬を紅潮させたハルがいて、やはりその顔つきは、盛った雄そのものだった。ハルは、何かのスイッチが入ったかのように、今度は貪るように、俺の唇を奪った。びりびりと痺れるようなその刺激は――。
/466ページ

最初のコメントを投稿しよう!