りっちゃんは参謀

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「まあいい。抜けたもんは仕方ねぇし。透視室連れてくから、放射線科に連絡して」 「あ、はい!」  詩はPHSで放射線科に連絡を入れ、透視室を確保した。患者の元に行くと、ベッドに仰臥位になったまま申し訳なさそうにしている男性がいた。 「すいません、先生。抜けちゃったみたいで……」  ははっと笑ってはいるが不安そうだった。 「こちらこそすみません。看護師の不注意です」 「いえいえ、そんな! 俺もちゃんと袋を持ってりゃよかったんだけど、点滴棒にかけっぱなしにしちゃったもんで……」 「申し訳ないですけど、これからもう一度入れされてもらってもいいですか?」 「いや、こちらこそ申し訳ないですよ。よろしくお願いします」  そう頭を下げられた。この患者もとんだとばっちりだ。  詩と2人でベッドを押して透視室へ向かう。PTGBDの挿入時の介助方法を誰も教えてくれないと嘆いていた数ヶ月前の詩。  教えてやったことをちゃんと覚えていたようで、難なく準備を進めていた。  こういうとこ、好きなんだよなぁ……。  思考は容易によそ見をする。  よそ見をしてたってカテーテルを入れるなんて俺にとっては簡単なこと。ただ、患者に少しでも痛みを与え、二度も体内に異物を挿入する申し訳なさだけが頭を過る。  テキパキと麻酔の準備をする詩。局所麻酔をしてからエコーを使って挿入する。最後にレントゲンでしっかり挿入されているのを確認してからまた病室へ戻った。 「大丈夫でしたか?」  患者に声をかける。 「ああ、はい。なんか、速くてびっくりしました……。前回の時にはもっと時間もかかって痛かったんですけどね。今日は全然痛くなかったですよ」  すっかり笑顔でそんなことを言われれば、やってよかったと思えた。ついでに詩は尊敬の眼差しで俺を見るし……そりゃ、俺だってたまにはカッコいいところを見せたいってもんだ。オペ中の姿を詩に見せることはないからな。 「それはよかったです。動くのは問題ないですからね。今まで通り制限はありません」  そう言えば、患者は嬉しそうに笑う。普段なら挿入だけして包交は看護師に任せるが、今日は詩の仕事が終わったら一緒に上がろうと思ってたし、詩と共に包交まで行った。 「先生、ありがとうございました! 助かりました」  ようやく俺の名前を呼び始め、少しずつ敬語もとれてきたのに仕事になった途端簡単に元に戻る。  くっそ……こんな時こそ甘えた詩が見たいのに。  そう思うものの、俺も仕事中に気を抜くわけにはいかない。 「いいけど、あの増田って看護師のことはちゃんと師長に報告しとけよ。再挿入すりゃいいってもんじゃねぇんだから」 「そうですよね。関口先生呼ばなきゃいけないって皆でバタバタしてたんで……本当に先生いてくれてよかったです。昴の方が上手だし」  ボソッと最後にそう言われ、俺は目を見開く。所々そういうの挟んでくんだよな……。なんでこんなに可愛いんだか。  関口先生より俺の方が上手いのは当然として、詩がそれを把握してるってことが重要なんだよな。 「おい、今すぐ連れ帰りたくなんだろうが」 「えぇ!? ま、まだ仕事中ですからね!」 「いつ終わる?」  俺の問いに、PHSを取り出し時間を見る詩。 「あ! でももうこんな時間ですね! あと15分で終わりです」 「定時で上がれんの?」 「はい。誰もドレーン抜けたことに触れたがらなかったんで、押し付けた後ろめたさもあってきっとあっさり退勤させてくれると思いますよ」  不意にトゲのある言い方するんだよな。俺は苦笑しながら「終わったら付き合ってもらいたいところあるからピッチに電話して」と言った。
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