白い花が香る家

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 じっとクチナシの花を見つめたまま動かない昴。喉が上下したのを見て、今1歩進むことに戸惑っているんだと察した。  私は人差し指で昴の頬をつついた。ビクッと微かに体が震え、ゆっくり顔がこちらを向く。  しゃがんだ昴の膝に手を置いて、距離を縮めた。バチッと目が合って、息を吸い込むその唇に口付けた。  前にはあんなに恥ずかしくて、自分からはできなかったのに。今では羞恥心を感じるよりも早く、愛しさが募る。  とくんっと昴の体温を感じた。  その時、さあっと風が舞った。柔らかなクチナシの香りが私と昴を包んだ。 「……いい匂いだね」  唇を離し、昴の頬を両手で包む。鼻先をくっつけて私はそう言った。 「……うん」  昴は小さく頷いて、そっと目を閉じた。3秒ほど経ってから、うっすら瞼が持ち上げられ、今度は昴からキスをくれた。  じめじめした空気、炎天下の中。ただそこにいるだけで、体はベトベトした感覚に包まれる。それでもぎゅっと抱き締め合った。 「……昴、好きだよ」 「……俺もだよ。ここに詩がいてよかった」 「私も、昴と一緒に見れてよかった。お母さんがおかえりって言ってるみたいだね」  私がふふっと微笑めば、「……そっか」と昴も頬を緩めた。2人しゃがんでクチナシを眺めたまま、ぎゅっと手を繋ぐ。  きっとまた数日の間にたくさんの花が咲くだろう。1つ、2つと増えていく花たちを毎日昴と観察していくんだ。  たくさんの香りに包まれる頃には、一面真っ白に彩るだろう。まるで、私達を祝福してくれているかのように。 「体調、平気?」 「ん……。なんともない」  そう言いながらも昴は私の手を握ったまま離さない。  休日だった私は、今朝早起きをして昴を見送った。回診だけ終えて帰って来た昴と共にお茶をして、洗濯をして、干したついでに全ての窓を開けたのだった。  私と昴がこの家に住み始めて1ヶ月が経つ。見た目は綺麗だったが、築30年以上経った家。誰も住んでいなかったからか、床は軋んだ音がして、ドアや窓からもすきま風が入った。  お母さんの部屋の見た目はそのままに、新しいスタートをきれるようにとリフォームを決意したのは、初めてこの家を訪れてから幾日も経たない日のことだった。 「詩、本当にあそこに住むでいいのか?」  昴のアパートで夕食を摂りながら彼は尋ねた。昴と一緒に住めるならどこでもよかった。
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