白い花が香る家

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 10月中旬、ある平日のこと。  私はカンファレンス室へ呼び出された。相手は黒木師長だ。  師長が変わって半年以上が経った。病棟は相変わらずピリピリしているが、異動した頃に比べたらかなり仕事がしやすくなった。  理不尽に仕事を押し付けられることはないし、ナースステーションで大声で怒鳴られることもない。淡々と自分の業務をこなす日々。  昴と一緒に暮らすようになっても、定時で帰る癖はそのまま。食事を作っていれば、遅くなっても昴が帰ってくる。  夕食だけ食べてまた病院に戻る日も少なくはないが、ほんの少しの時間でも毎日プライベートな空間を2人で過ごせることが幸せだった。  そんな私はつい先日、叶衣さんのお宅にお招きされた。あのホームパーティーから3ヶ月近く経っているが、今回は出産祝いも兼ねてお邪魔させてもらった。  産まれたばかりで首もすわってないのにお邪魔して大丈夫なのかと心配になったが、「医者と看護師がくるんだから、夫婦2人でいるより安全でしょ!」なんて叶衣さんは言った。  私と昴は声を揃えて「産科も小児も専門外! なんかあっても救急搬送するくらいしかできないぞ」と言うしかなかった。  それでも好意に甘えさせてもらい、夕食だけご馳走になることになった。叶衣さんの言った通り、璃空さんの料理はどれも素晴らしかった。  料理本でも出せばいいのに。そう思えるほどの腕前。 「調理方法教えて欲しいです!」  そう意気込んで言えば「だめ。基本叶衣専用だから」そうバッサリ切り捨てられた。  くぅー、溺愛されてるってこういうことか! そう思ったのも束の間、「なんでそんな意地悪言うの!? そんな璃空は嫌いだよ」と叶衣さんの一言が飛んできて、璃空さんは盛大に落ち込んでいた。  可愛いな……落ち込み方が昴と似てるんだよな。どこも女性の方が強いのか、なんて思いながら昴を見れば、面白くなさそうに口を尖らせていた。  こちらも璃空さんに調理法を聞いたのが気に入らない様子。他人の夫に嫉妬してどうする。  赤ちゃんを見せてもらえば、とっても可愛くて、母性の実習を思い出した。そういえば、初めて昴と武内先生を見かけた時も、母性の実習中だったな。そんな思い出が蘇ってふっと頬が緩んだ。 「璃叶(あきと)が産まれた後ね、看護学生の子がついてくれたんだよ。思わず詩ちゃんを思い出しちゃったよ」  そんなことを言われた。私も丁度実習のことを考えていたのに、まさか叶衣さんの子供が新生児の実習相手に選ばれるなんて。
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