白い花が香る家

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 ゆっくり瞼を持ち上げると、目の前に昴の顔があった。穏やかな顔をしてすやすやと眠っている。  仮眠、こっちでとることにしたんだ。あどけない寝顔にふっと笑みが溢れた。毎日こうやって寝顔見られたらそれだけで幸せなんだけどな……。  毎日一緒にご飯が食べれて、一緒に眠れる夫婦は幸せだろうな……。こんな些細な時間も、ありがたいと思って過ごさなきゃならない。  そう思ったらじんわり涙が滲んだ。 『医者なんて寂しい思いするだけなんだからやめときなよ』  いつか響に言われたっけ。本当、その通りだな……。でも、昴じゃなきゃ私がダメだから。  そっと手を伸ばせば、容易にその頬に触れることができる。こんなに近くにいるのに。ふんわりした髪を軽く撫でれば「ん……」と息を漏らして、昴が目を開けた。 「あ……ご、ごめん……せっかくの仮眠なのに……」  申し訳なさでいっぱいになる。昴は私よりも時間がないのに。どんなに短時間の仮眠でも、オペが入ればやるしかないのに。 「いいよ……。ちょっと寝たから。……3時半過ぎだな」  昴は自分のスマホを見ながらそう言うと、ふあっとあくびを噛み殺した。 「まだ夜中だ……」 「ん。遅くなってごめんな」  長い腕が伸びてきて、そっと抱きしめられる。遅くなってもなんでも、帰ってきてくれることが嬉しいんだよ。  昴の声を聞けば、先ほどまでの寂しさなんてすぐにふっ飛んでしまう。  すりっと胸板に、顔を寄せる。昴の匂いがいっぱいして、それだけで心地良い。 「明日勤務なに?」 「日勤……」 「じゃあ、もうちょっと眠れるな」 「うん。昴は回診行かなきゃだから5時には起きる?」 「うん。詩はギリギリまで寝てろよ。朝食はさっきの残り勝手に食ってくから」 「……でも」 「いいから。眠れる時に寝とけ。倒れたら困るだろ」 「うん……」  優しい。嬉しい……。出会ったばかりの頃は、こんなに優しい人だなんて知らなかったのに。  あの病棟にもようやく慣れて、生活リズムが定着しつつあったのに……。環境が変わったら、また心労も絶えないんだろうな……。  ぎゅっと昴のTシャツを握った。 「どうかした?」 「ん……私ね、病棟異動だって」 「は?」  昴はがばっと起き上がった。  私以上に驚いている。昴だってその可能性を考えなかったはずがないのに。 「今日、黒木師長に言われた。昴と一緒に住み始めてからずっと異動の話が出てたみたい……」 「なに、どこ?」 「まだ決まってないの。決めていいって言われたけど、内科か外科なら脳外か心外だって」  口に出したらやっぱり嫌だなって思った。そこまで重症度が高くなれば自然とICUにもCCUにも入ることになる。学べることは多いと思うけど、私は看護師としてのスキルアップよりも……今は平穏に暮らしたい。
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