白い花が香る家

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 昴はぐっと眉間にシワを寄せた。 「外科はダメだ」 「あ、うん……私もあんまり重症度高くなるのは不安だなって思ってて……でも、外科にいれば時々オペ室で昴に会えるし……」 「会えるったって一瞬すれ違う程度だろ? 話ができるわけでもないし」 「まあ……そうだね」 「それだけのために外科に行くのはない。他の医者と回診回ったりするつもりかよ」 「……え?」  なんか、思ってたのと……。 「脳外、心外なんて常に医者が病棟にいるじゃねぇか」 「そりゃいるよ……昴だって他人のこと言えないじゃん」 「だからだろうが! 外科はダメだ。他の医者とは関わんな」 「……」  それは……嫉妬ですね。他の医者と関わんなって……私、仕事ですけど。 「あの、あくまでも職場なんだけど……他の先生達となんかあることなんて絶対ないし」 「俺とはあっただろ。絶対なんてことはない」 「そ、それは昴だったからで……」 「研修医も多いだろ。ダメだ」  ……もう。この人ってば……会えないことよりも、浮気の心配ですか。  私は思わずふうっと息をついて「私が好きなのは昴だけだよ?」と言った。 「そうだとしても向こうがお前に興味持たないとも限らないだろ。現に金子だったり、あの同期の男だったりがちょっかい出してただろ」 「で、でもあれは噂が1人歩きしてた頃の話で、今じゃ皆昴と住んでることも知ってるし」 「だからなんだよ。俺の目が届かないところじゃなんかあっても守れねぇだろ」 「そんなこと言ったら内科だって同じじゃん……」  まさかこんな夜中に言い争いになるとは思ってもみなかった。昴も寂しがってくれたらちょっと嬉しい、そんなふうに思った程度だったのに、嫉妬までされたら異動先どころじゃないぞ。 「病棟異動ってことは夜勤もあるんだろ?」 「そうだよ。今と同じ生活リズムになると思うけど……」 「じゃあ、全然会えねぇじゃん」 「うん……だから、異動やだなって」  そこなんだよ、昴。他の医者云々は置いといて、私が言いたいのは会える時間が減るということなの。  昴はその場であぐらをかいて、腕を組んだ。それから暫くなにかを考えるように黙り込んで「もう辞めれば?」と言った。 「は!? え!? 辞めるって、病院を? 仕事を?」 「うん」  昴はなんてことないような顔で頷いた。それはちょっと……話が飛躍し過ぎてないか? 私、別に辞めるまでは考えてなかったんだけど……。 「さ、さすがに仕事は辞められないよ? ほら、私食費係だしさ。ちゃんと2人で住むために生活費稼ぎたいし」 「じゃあ、転職すれば?」 「……転職?」  転職って……それじゃあ、院内で一度も会えないじゃん。昴はそれでもいいの?  なんだか思ってもみない方向に話が進んで、寂しさが私を包んだ。
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