白い花が香る家

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 昴はすっと手を伸ばし、そっと私の頬に触れた。 「この病院は、良くも悪くも色んな噂が蔓延してるだろ。俺と詩が一緒に住んでることを知らないヤツだっている。来年になれば新人も入ってくるし、病棟が変わればあることないこと言われたお前がまた嫌なこと言われるかもしんねぇし、色々聞かれることもあるだろ」  そんなふうに言われたら、まあ……確かに。と思わざるを得ない。きっと好奇心に満ち溢れた看護師達は、梨絵さんのことも金子先生のことも真相を知りたがるだろう。聞かれる度にまた嫌な思いをするんだろうな。  昴のことも色々聞かれるだろうし……それはそれでめんどくさい。 「どうせ目の届かないところで働くなら、そんな環境にいないで他の場所で働く方が精神的にも楽だろ」 「昴は……もう仕事で会えなくなってもいいの?」 「どうせ院内にいても今みたいに会えるわけじゃねぇだろ。だったら、クリニックにでも転職して夜勤のないとろで働けば? お前は食費さえ稼げればいいんだから」 「夜勤……」 「勤務が一定なら、毎日決まった時間に家にいんじゃん。それなら毎日勤務確認することもないし、必ず日曜は休みだろ?」 「……そっか」  院内では会えなくても、その分毎週日曜日はお休みが一緒になるのか。今の勤務だと土日休みがない月は全然なくて、昴とどこかに出掛けるにしても休み希望をとらなきゃいけない。  その休み希望だって毎週土日のどちらかってわけにはいかないんだ。  前に昴が言ってたっけ。いつか外来かクリニックに行って、夜勤のない生活をしてほしいって。なるべく家にいて、帰ったらいつでも私がいる状態がいいって。  そう考えたらタイミング的にはいいのかもしれないけど……。 「もし辞めるとしても、人手不足だしそう簡単には辞めさせてもらえないよ。それなりの理由がないと」  コゲにいた時の先輩は、うちにない精神科病棟に転職したいと言って辞めた。他の先輩は留学。ただ異動が嫌だから辞めたいは通らないはず。だからといってそれなら今の病棟にいてもいいともならないだろう。 「じゃあ、結婚するって言えば?」 「え?」 「寿退社なら止める理由もねぇだろ」  結婚が理由か……。他の病棟でもいたな。相手がいないのに結婚します! って言って辞めた人。先に子供を作って産休に入ってそのまま戻って来なかった人。  こんなにも職を失う人が増えているご時世で、医療界は本当に退職が困難だ。  穏便に退職するってなると、結婚、出産の理由が1番いいのは確かだ。 「それなら、まあ……いいって言うかもしれないけど……」  私は転職の理由として挙げられた結婚という言葉が胸の中でモヤモヤと渦を巻く違和感に囚われた。
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