白い花が香る家

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 昴は私の腕を引いて優しく抱き締めた。それからふっと笑うような声が聞こえて、顔を上げた。  眉を下げて困ったように笑う昴は「肝心な時には聞かねぇんだな」と言った。 「へ? 肝心……」 「いつものやつ」 「いつも……?」 「一応、プロポーズだけど?」 「はぇ!?」  私はがばっと腕の中で体を起こし、昴の服の胸元を握った。  ぷ、ぷぷプロポーズ!? ここここのタイミングで!?  もっと今まで相応しい場面あったよね!? 「ちゃんと籍入れるから、俺だけのもんになってよ。そしたら、前向きに他の職場に送り出せるから」  そう言った昴は少し寂しそうだった。そうだよね……散々嫌がらせされて命に関わる怪我をするところだった事件もあったんだ。  昴がいないところでそんなことが今後起こらないとも限らない。  挿管介助に入ったくらいで嫌がらせをされるほどモテる昴のもとから彼女である私が消えたら、ここぞとばかりに昴を狙う看護師達が絶対にいるであろうことも事実。  私だってそれは不安だ。そう思えばお互い様。まして、恋愛にトラウマがある昴は、他の男性以上に不安も大きいはず。  私はそれも理解してあげなきゃいけなかったのに。  だけど昴は、私を噂だらけの職場から解放させるだけじゃなく、安心して転職できるようちゃんと入籍してくれるって言ったんだ……。  じわっと涙が滲む。嫉妬だらけの子供っぽい姿を見せつけられたと思ったら、ちゃんと解決策までくれるんだから。  私も昴と結婚を…… 「ていうのはまあ、男としての俺の気持ちなわけで。医者の立場からしたら、もっと急性期について学びたいって思う気持ちは理解できるから……詩が外科で頑張りたいなら、我が儘言わずに意向を尊重する」 「え……?」 「プロポーズ、断ってもいいよ。今じゃなくても、待つし」 「いや……」 「あれだけ熱心に勉強してたわけだから、看護師としてスキルアップしたい気持ちはあるだろうし……その若さでクリニックはもったいないっていうのも正直あるしな……。食費だけ稼げばいいって思うのは、俺のエゴだから。他の外科に取られるのは悔しいけど、俺は詩なら脳外でも心外でもやってけると思う」 「あの……」 「どうしても消化器外科学びたいなら父さんにかけあって県立に転職って手もあるし」  ちょ……全然口を挟めないんだけど。  この人、やっぱり全然乙女心をわかってない。プロポーズのタイミングおかしいし、プロポーズらしい言葉もくれないし、したと思ったら外科に行ってもいいとか言うし……。
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