白い花が香る家

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 翌日私は、師長と再度面談をするため時間を作ってもらった。 「もう答えは出たということかしら」 「はい。岩崎先生にも相談しまして、私達結婚することにしました」 「え?」 「結婚後はなるべく家にいてほしいという先生からの希望もあり、夜勤のない仕事にシフトしていきたいと思っていますので、今年度いっぱいで退職させて下さい」  黒木師長に退職の話を持ちかけるのは緊張する。でも2人で決めたことだから後悔はしたくない。 「ちょっと、河野さん? なにも退職を考えなくてもいいんじゃない? 結婚したって仕事は続けられるでしょ?」  やっぱり引き留めてきたか。今時結婚を機に完全に退職する人なんて少ないもんね。 「はい。ですから、クリニックや夜勤のない施設への転職を考えているんです」 「こ、河野さんのスキルでクリニックはもったいないんじゃないかしら?」 「先生もそう言ってくれましたけど、私は看護師としてのスキルアップよりも家庭で先生を支えていく選択をしたんです。仕事優先の彼を支えていくためにはそれなりの時間が必要になります」 「じゃあ……外来はどう? オペ室ってわけにはいかないけど」  オペ室は、がっつり昴のオペの機械出しに入るからだめだろうな。緊オペあったら残業だし、オンコールもあるしね。こちらとしても選択肢にはない。 「外来も考えたんですけど、救外に入ることになれば夜勤もありますよね。時短やパートではなく、できれば正社員で働きたいので退職を希望します」  今日も仕事をしながらずっと考えていた。ここでの外来で働くこと。外来は産休明けや子育てが大変なお母さん看護師が多い。そんな中で子供もいない新婚となる私が外来に異動になれば、きっといい顔はされない。  相手は昴で噂の絶えない私。昴が言ったように今後も噂はついて回るだろう。  結婚したからといって今と大きく環境が変化するわけじゃない。でも、職場が新たに変わるのなら、やっぱり今度は穏やかに働きたいと思ったのだ。 「そう……色んな所属を考えた結果、出した答えが退職なのね?」 「はい」 「そうね……でも今年度いっぱいってなるとあと5ヶ月しかないしちょっと困るわ……。正直、河野さんの代わりになる看護師っていうとそれなりの経験がある人じゃないと無理だし……。あなた、前の病棟でプリセプターも途中になっちゃったでしょ?」 「はい」 「岩崎先生とのことがなかったら来年度からプリセプターをしてもらいたかったのよ」 「その予定でしたね……すみません」 「恋愛をしちゃいけない規則はないから謝らなくてもいいけど……そうね、困ったわね……。他の病棟に移ったらまた新たに仕事を覚えなきゃいけないからプリセプターはまた再来年にって考えてたの。でも退職となるとね……。  プリセプターはプリセプティと一緒に双方が成長できるものだからできたら河野さんにも最後まで達成させてあげたかったのよ」  黒木師長は私のため、なんて言い方をするが、早い話がもう一度プリセプターをやってから辞めろと言いたいのだろう。
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