白い花が香る家

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 詩と一緒に住み始めたばかりの頃、俺はまだ結婚なんて考えてなかった。俺の中ではいつか詩と一緒に住みたいって思ってて、とりあえずそこが俺のゴールだったから。  勤務がバラバラで生活リズムが違っても、週に2、3回会っていた時のことを思えば確実に会える時間は増えた。  毎日詩の手料理を食って、朝か夜のどちらかは会える。詩と同じベッドで眠って、寝顔を見る回数も増えた。  もうそれだけで満足だった。家だってずっと気になってた実家に住めたし、くちなしの花も克服できた。  そんなに一気に環境を変える必要はない。詩はずっと俺の側にいてくれるって言ってたし、急いで結婚しなくても同棲生活をそれなりに満喫して、子供のことを考え始めたら入籍すればいいか。そんなふうに思っていた。  詩の弟の響だって、自分の彼女と仲良くやってるみたいだけど、姉が結婚するとなればやっぱり同棲よりも重みは増すし、完全に他の男のものになるのも心の準備がいるだろうと考えたから。  心境の変化が訪れたのは、まだ夏のこと。詩が守屋家に招待されていた。既に詩と一緒に住んでいた俺も当然招かれたが仕事上都合がつかず、詩に1人で行かせた。  同棲する前に初めて挨拶に行った時には、医師の国家試験よりも緊張した。周は高校の同級生だけど、俺とはタイプが全く違って友達になれそうなヤツじゃなかったし、その兄の律はもっと苦手。  詩とのことで呼び出された時の圧力が凄すぎて、あれが演技だったってあとから言われてもとても信じられなかった。  父親は弁護士だっていうし、母親は元スーパーモデルだと。医者の父親がいる俺だって散々持て囃されてきたが、比じゃないレベルの家庭が現れた気がした。  なんでこんなすげぇ家が詩の幼なじみなんだよ。なんて頭を抱えたくなったが、全く挨拶もせず常識がないと反感を買えば、いつまで経っても認めてもらえないような気がして会うことにした。  まあ、結論から言うと何事もなく挨拶を終えたわけだ。周の妹は仕事でこれなかったが、後日また会うことになった。  酒も入って調子よくなった周がしつこいくらい絡んできてめんどくさかったが、おかげで緊張は解れたし、律の方も終始穏やかだった。 「よかったね」  詩に向かってにっこにこの笑顔を振り撒く律さんを見て、俺は2人で会った時の人物とは別人なんじゃないかと思った。
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