白い花が香る家

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 12月21日、この日ばかりはちゃんと2人で時間を合わせて婚姻届を提出した。守屋家に行けば、証人には誰がなるかで争奪戦。  律さんの妹も加わり、本当に詩がこの家族に愛されていたのが伝わってきた。  初めて本物の婚姻届を目にした俺達は、暫くじっとそれを見つめたままだった。 「どうやって書くの?」 「検索しようぜ」  そんなやり取りをしながら、記入する。思わず手が震えた。 「ついに岩崎詩になるのか……」  ぼんやり詩がそう呟くから、不意に2人揃って恥ずかしくなり、赤面する。 「よろしくね、旦那さん」  そう言われたら、急に結婚が目の前にやってきて、これを提出したら詩が俺の嫁か! って妙に興奮した。 「緊張すんな……」 「緊張してる人の行動じゃないんだけど……」  役所に行くまで詩の胸を下から持ち上げていた俺に冷たい視線を向けた詩。 「いや、だから、これは……だな。落ち着くから」 「赤ちゃんじゃん」 「あ、あか!?」  ぼんっと顔に一気に熱が集中する。赤ちゃんじゃねぇぞ! この弾力と柔らかさが心地良いだけで! 決して赤ん坊のように求めてるわけじゃ! 「はいはい、いいよ。おいで」  詩は、俺の手を引いて、そのふかふかの胸に頬を預けるような体勢にさせた。とくん、とくんと規則正しい綺麗な心音が聞こえて、心が落ち着く。穏やかで優しい気持ちになる。 「詩……」 「んー?」 「好き」 「……私も、昴のこと好きだよ」  言葉にすることがこんなにいいものだと知れたのも、人肌がこんなに心地良いものだと知れたのも、全部詩のおかげ。  俺は、昨日よりも今日、今日よりもきっと明日もっと好きになる詩に感謝しながら、岩崎詩を迎え入れた。 「ねぇねぇ、元旦聞いた? おじさん来るって」  隣のパソコン前で頬杖をついた保がそう言う。 「は? おじさんって……父さん!?」 「うん。皆で集まろうってなったんだよ。詩ちゃん夜勤明けだって?」 「そうらしいな」 「じゃぁ、朝からさらって実家行こう」 「まて、和泉いんだろ」 「いるよ。俺の奥さんだぞ」 「うるせぇよ。詩になにするかわかんねぇからダメだ」 「なになに、まだ詩ちゃんのおっぱい触られたこと気にしてんの?」 「ばっ……それは、気にする」  俺がしかめっ面をすれば、保はぶはっと吹き出した。 「はいはい、悪かったよ。詩ちゃんのおっぱいは昴のもんだもんね。和泉にちゃんと言い聞かせておくから、集まろうよ。家族団欒ってやつ」  家族団欒。魅力的な言葉が聞こえて、俺は一瞬瞼を上げて、小さく頷いた。  保は友達であって同期であって家族だ。詩も保と家族になった。  嬉しそうな保にそっと微笑んで「今回だけだからな」と俺は言った。
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