旦那様はお医者様

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「詩さん、変わろう。他の人達も重傷者がいたら声をかけてくれるかな」  お義父さんが私の隣にしゃがみ、状態を確認しながら言った。 「わかりました。お願いします」  私はその場を離れて、今度は70代くらいとみられる女性の元へいく。明らかに様子がおかしかった。  口の端から唾液が垂れていて、体が脱力している。口の中を覗けば、残渣物が見えた。胃液の臭いもツンと鼻を刺激した。おそらく、この人達は式を終えて帰るところだったんだろう。  事故の衝撃で嘔吐し、身動きがとれずに誤嚥し、窒息したのだ。  私はその体を起こすと、後ろに回り腹部の前で腕を組んだ。それから一気に力を入れ、気管に入った物を出そうと試みた。嘔吐反射か咳き込みが見られれば、呼吸の確保はできるはず。  しかし、出ない。背中をバンバン叩いてみるが、それでも反応はない。 「先生! 窒息して呼吸が止まっています! 嘔吐による窒息が考えられます!」  ここには吸引器もなく、気管に入った残渣物を取り除くことができない。まだ咽頭部に何かが引っ掛かっているようで、それも呼吸ができない原因だろう。  手で掻き出すにしても噛まれるリスクもあるし、バイトブロックなんてないし……ああ、どうしよう! 「詩! 俺が変わる」  直ぐにきてくれた昴に安堵の息をつく。昴なら大丈夫。そんな自信をくれる存在。 「咽頭部になにか引っ掛かってるみたい。誤嚥してるのは確かだよ。さっき微かに肺雑音が聞こえた」 「んじゃ、呼吸は止まったばっかだな」 「うん。でも、叩いてもなにしても出てこない。このままじゃ」 「気切(気道切開)する」 「気切!? こ、ここで!?」 「ああ。もう呼吸止まってんだ。窒息してる以上、アンビューじゃ戻ってこれねぇよ」 「そ、そうだね」 「向こうに医療バッグがある。簡単な物品ならあるはずだ。キシロカインと必要物品もってきて」  指示されたことに大きく頷き、準備をした。滅菌操作だなんて言っていられない。呼吸停止したってことは、直に心停止もする。心臓が止まってから4分経つと、脳に血流がいかなくなり、例え助かったとしても脳に障害が残る確率が極めて高くなるのだ。
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