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高層ビルが建ち並び、青い空へとスーッと伸びている。
空気をスーッと吸い込むと生まれ変われる気がした。
一本に伸びるそれらを下から眺めると、空へ手が届きそうだ。
そうやって手を伸ばすと———彼を思い出す。
もう…20年も経つというのに。
そして私は43歳になった。もちろん独身のまま。
「東京は楽しいぞ。」
遠距離恋愛中の彼は電話越しにそう呟く。
「ふぅ〜ん。」
私はつまらなさそうな返事をしてみた。
「お前も来てみろよ。」
休みが合ったので新幹線に乗って、彼の言う楽しい場所へと向かった。初めての東京へ。彼が住む場所へ。
久しぶりに見る彼は少し大人びて写った。人の波に流されそうな私の手を引いて歩いてくれたけど、昔の歩幅とは違った。早すぎて着いていくのがやっとだ。
話してる言葉もいまどきで付いていけない。彼は何にでも染まりやすい性格。それが私を不安にさせる。
「好き。」と抱き締めてくれても、この街にいればいずれ気持ちが変わっていくかもしれない…とさえ思う。そんな街だったのだ。東京というものは。
「じゃあ、またね。」
「うん。また。」
不安が拭えないまま、私は新幹線へと乗り込んだ。
その日、私は仕事を休んで新幹線の中にいた。
胸の高鳴りを抑えながら…。
彼の無事を祈りながら…。
「駅のホームに落ちたおじいさんを助けようとして、ホームに降りて電車に跳ねられたの…。」
…信じられなかった。
…何やってるの?何でいつもそんなに優しいの?
東京に行っても彼のお節介な優しさは変わってはいなかった。本当は昔と変わらない彼だったんだ。
私が東京に出たから変わった、なんて思っていただけ。
私の大好きな彼のままだった…。
もう一生分の涙を使い果たしてしまった。
それぐらい泣き喚いた。
「これ、あの子があなたに渡してくれって…。」
それは東京駅のコインロッカーの鍵。
でも怖くてずっと開けられなかった。
開けたら…約束を果たしたら…彼が居ない事を認めなきゃいけない気がして。
だからずっとずっと、20年間も開けられなかった。
私は彼が住んでいた東京で就職し、ずっと一人で過ごしていた。彼が好きだと言った街に居たい、そう思ったから。
相変わらずみんな足早だが、それにも慣れた。
私もこの街が…東京が好きなんだろう。
普通に事務仕事して、帰りに友達と飲んだり、カラオケしたり、そんな毎日が楽しかった。
会社にも気になる人ができたが、20歳も年下の男の子だったからただ夢を見ていただけ。
彼に少し似ていたから…それだけの理由だ。
今日は彼の20回目の命日。
この日にコインロッカーを開けようと決めていた。
私のこの恋に決着をつけなくちゃ。
鍵を握りしめ、駅へと向かう。
彼は何を渡したかったのだろう?
果たしてまだコインロッカーはあるのだろうか?
その古いコインロッカーはまだあった。
鍵をその番号へと挿した時、聞き覚えのある声が背後から届いた。
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