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「君、この後の予定は?」
「私ですか? 左手の皮膚が剥がれてきたので、何かないかと探しているんです。接着剤で応急処置したんですけど、ごわごわとよれてしまって」
「おや本当だ。いっそ、剥がしてしまって、きれいな手袋でもつければいいのでは? 指も五本ともそろっているようだし」
「そうですね。では、デパートの跡地でも探してみようかな」
「僕もお付き合いしてもよろしいかな」
「はい」
私達は並んで歩きだした。
崩れたビルの間に、鬱蒼と木々が茂っている。
日向ぼっこをしている人、立ち話をしている人、欠けてしまった手や足の代りになる物を探している人、みんな穏やかで優しい顔をしている。
「もう、生きている人間はいないかねぇ」
彼がぼそりと言った。
「いたら大変ですよ。やっと、人類が一人残らず全滅して平穏な日々がやって来たのに……。もう『あの日』みたいな恐ろしい思いは御免です」
「『あの日』か。どんな感じだった?」
「え」
彼は白髪交じりの頭をかいた。
「いや、お恥ずかしい。僕は『あの日』、防腐処理を施されて棺桶の中にいたもので」
「まぁ……」
「蘇ってしばらくは、人間に噛みつきたい、襲いかかりたいという欲求で、ぎゃーぎゃーと激しく唸っていたんだがね。棺桶は頑丈に釘付けされていて、とうとう人類滅亡まで出ることが叶わなかった」
「それはかえって幸運でしたね。私は『あの日』旦那に噛みつかれてから、強烈な飢餓感に襲われて、ご近所さんに噛みつこうとしてひどく抵抗されました。見てください、金属バッドで殴られて、頭がへこんでいるんです」
「ああ、こりゃひどい」
「あなたはどこも傷んでいなくて羨ましいわ」
「旦那には、その後会えたのか」
「いいえ。生きている人間が存在している間は、常にそちらへ引き寄せられるように動いていましたからね……どこをどう歩いていたのかも記憶にないんです」
「我々に理性が戻って来たのは、生きている人間がいなくなってからだしな……」
「結局、何が原因で『あの日』が起こったのか、知りようがないってことですよね」
「ああ、みんな死んでしまったからなぁ」
時折、木々の間に鹿やウサギを見かける。
私達はものを食べないので、狩りをすることも無い。
その内に、ここはジャングルみたいになって、野生動物の天下になるかも知れない。
「でも……旦那には、いつかきっと会えると思っています」
「時間はあるしな」
「はい、時間だけはいくらでもあるので」
目的地が見えてきた。
大きなビルの廃墟に立派な時計がついているが、その針は止まっている。
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