ダリルとコリン

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

ダリルとコリン

 グリフィス天文台。私のお気に入りの場所。 アンティークな建築様式と最新の技術を駆使したプラネタリウムがある。 私が一番好きなのは屋上から街が一望出来る事。 1人になりたい時は何時も閉館間際のここに来る。 夫にプロポーズされた場所。 妊娠したと夫に告げた場所。 家族の死を受け入れなければ。 悲嘆に暮れている場合ではない。 気持ちを切り替えようとすればするほど、眺める夕陽と街が滲む。 仕事を休み、何時間も天文台の屋上で過ごす。 そんな日々を繰り返していたある日。 私のポケットが着信音とともに振動する。 「ママ、急いで帰って来て!」 「コリン?どうしたの?!」 「パパが胸から血を流して倒れてる!」 ダリルが?! 今度はなんだっていうの? まさかダリルまで? 車を飛ばし、自宅へ向かった。 信号機が切り替わりフランクリン通りへ差し掛かる交差点を右折。 その時だ。 信号待ちしていた時には見なかったトレーラーが猛スピードで私の車に衝突。 中古で購入した白のタコマ。 最新モデルなのに安く手に入れられた我が家の愛車。 路上を何回転したんだろうか。 全身の激痛と耳鳴りよって気絶から目を覚ました時は車の中。 と言っても愛車ではなく救急車。 「気がつきましたか。今病院へ向かっています」 車内には救急隊員2人と見ない顔の制服警官。 後部ドアの窓から見える風景は明らかに郊外。 「病院?どこの?一番近いのはハリウッドメディカルセンターでしょ?」 「落ち着いて」 「ねぇ、私のスマホは?夫が危険な目に遭っているみたいなの」 「落ち着いて!」 「せめてロス市警に連絡して!私は…」 「知ってますよ、警部。黙ってそこで寝てろ」 ガチャリ。 起き上がろうとした私を制するように手錠が音を立てた。 両手はそれぞれストレッチャーに拘束されている。 「あなた達は…?」 「心配するな、お前もお前の息子もすぐに家族のもとへ送ってやるよ。ククク…」 家族三人、自宅の庭で撮影した画像を顔の前でちらつかせると、スマホを私に投げ捨てた。 「病死がいいか?拳銃自殺?それとも産婦人科帰りに交通事故か?」 「葬式の費用はお前の内臓をネットで売っ払った金で払ってやるよ」 「人妻ならバラさなくても売れんじゃねぇか?」 救急隊員と警察官は一斉に笑う。 私は全て悟った。 ここ最近の家族の死も、今起こっている事も全ては、アルカディア。 落ちこぼれの大学生や、街のチンピラで組織されたお粗末な犯罪者集団。 彼らはその残党なのだ。 「クソ!この悪ガキ共!」 どんなに喚いても、もがいても、体からストレッチャーが離れることはなかった。 それから数分後、救急車が止まった。ガキ共は偽物の制服から私服に着替え、降りていった。 「じゃあな警部。ダンナに宜しく」 「コリンを傷つけたら、ただじゃ置かないわ!後悔させてやる!」 ヘラヘラ笑う声が遠ざかると、再び救急車は走り出す。 車体が傾き、何かに突っ込んだ衝撃。 そして流れ込む大量の海水。 どう足掻いても拘束を解くことができない。手首の皮膚が剥がれ出血する以外何も変わらない。 足元で鳴る着信音が虚しく響く。 「ああ、コリン。ごめんね…」 口から漏れ出る言葉の直後、ついに海水が全身を飲み込んだ。 後部ドアの窓から見えるロサンゼルスの夕陽。 海面の向こう側でキラキラと美しく輝く。 深く沈み、暗く、遠くなってゆく。 私の意識とともに。 諦めたその時。 ガチャ…ガチャ… 後部ドアが不自然に揺れている。 水圧?それとももう海底に? それは徐々に激しくなっていく。 ケダモノが檻から逃げようとしているかの様に。 ここにはモンスターでもいるの? ガコン!ガコン! 海水越しにも聞こえる鈍い金属音。 やがて分厚い鉄の板は重々しい音を立てて引き剥がされ、車体から離れてゆく。 にわかには信じられない。 これは一体…? 暗い海を背に“何か”が、いや、“誰か”が、 慄く私を覗いている。 あれは女性?
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!