どんな君でもよかったのに

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 嫉妬深い、とは彼がよく私に言った言葉だった。  と言うのも、私が彼と他の女の子が歩いているのを見るとすぐに機嫌が悪くなったり、返信が遅いと不安になったりしたからだ。  私もそれは悪癖だと思っていて、ある時彼といたいという欲を捨てることにする。  一度欲を捨ててしまえば楽だった。  私はもう彼が誰と歩いていても文句は言わないし、何日会えなくても気にならない。いいことに気が付いてしまったと、私は大変気をよくする。  欲を捨てることの便利さを覚えた私は、その内感情を左右する煩わしい欲は捨ててしまえばいいのだと気付く。  結局のところ、あらゆるトラブルは大抵欲から起こるもなのだ。欲がなければ気は立たないし、落ち込まない。人を傷つけるだけなら無欲でいたい。  そういうことで、私は早速承認欲や自己表現欲なんてものを捨ててしまう。  彼が何か言っていたのだが、欲のない私には彼の言っている言葉は分かっても納得は出来ない。  持っている意味が見いだせないから、私は次々と欲を捨てていく。お腹がすくのも眠たくなるのも煩わしくて、その内私は食欲も睡眠欲も捨ててしまった。  そうこうするうちに、彼は私の落とした欲を集めてもう一人の私を作りはじめる。  当然そこには彼といたくて、わがままで、食欲も睡眠欲もあるような私が出来上がることになる。  それはもうどこからどう見ても「私」なのだが、欲を落とした私には欲まみれの彼女が同じ人間だとはとても思えない。  欲を全部集めた私と、欲を捨てた記憶のある私。一体どっちが本当の「私」なんだろう。  彼は両方君なんだから両方愛していると甘い言葉を囁いてくるが、果たして両方平等に愛するなんて出来るものだろうか?   彼はきっとその内、どちらかの私を選ぶことになるだろう。  彼に選んで欲しいと思う反面、私は何処かで彼には落とした方の私こそを選んで欲しいような気もしている。  そのままだと苦しいので、私はその選んでもらいたいという欲を捨てることにする。  彼はまだ何か言っていたが、私にはその意味が分からない。
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