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柚瑠木さんを呼び止める声が聞こえて振り向くと、エントランスからこちらに向かって走ってくる女性の姿。もしかしてこの方が、真澄さん……?
自動ドアが開く間も待てないという様子の彼女は、ドアが開くと同時に柚瑠木さんに近付くと彼の顔を両手で挟んで……
「すっかり大人になっちゃって、柚瑠木君。でもあの頃の面影も少しあるのね、ふふっ。」
「真澄さん、貴女もあまり変わってませんね。」
何十年もあって無いのが嘘のように、当然のように親し気なスキンシップをする真澄さんに少しだけモヤッとした感情を抱いてしまいます。家庭教師と教え子の関係なのだと理解しているのに、あまりに親密な様子の二人に妬いてしまうんです。
「あらら、ずいぶん生意気に育っちゃったみたい。あの頃は可愛かったのに……」
そう言って真澄さんは柚瑠木さんの頬を指でフニフニと引っ張ります。
私の知らない可愛い頃の柚瑠木さんを知っていて、彼の頬にだって躊躇いなく触れる……そんな様子を見るのが嫌で思わず目を逸らしてしまいそうになります。
「あの頃の僕はまだ小学生でしたから。それと……僕はもう子供ではないですし、大切な妻もいるのでこういう事は止めて下さい。この人を不安な気持ちにさせたりしたくないので。」
柚瑠木さんは自分の頬から優しく真澄さんの手をどけると、彼女に私と繋いだ手を見せたのです。私の不安なんて一瞬で吹き飛んでしまいました。
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