親友の彼氏

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好きだった彼が親友の彼氏になった。 出会いは単純で入学式の日に男子にそばかすをからかわれた。 「シミだらけ」と小学校のときもそう言われて慣れていたはずなのに……。 中学校になったら変わるかと思ったけど、同じで悲しくなった。 「やめろよ」  体育館に響いた声は今でも覚えている。 「もう中学生なんだから、女の子をからかって遊ぶのはやめろよ」  背の高さは170と少し上、サッカー部の生徒らしく日焼けしていた。 「わかったよ」  小学校のときからからかっていた男子はその日以来、もう言わなくなった。  名前は武田 奏太(かなた)  同じ中学一年なのに、少し上に感じた。今まで男子は私のそばかすをからかって遊んでいたのに、彼の一言でそれが終わった。彼には不思議な魅力がある。誰にでも優しくて、でも、言うべきは言う。そういった強さにあこがれた。  彼を知っていくうちに好きになった。 なのに。 「ねぇ。聞いて、羽澄(はすみ)」  入学式から四か月たった7月の晴れ間、外でお昼を食べていると親友の優奈が嬉しそうに報告をした。 「私、奏太くんと付き合うことになったの」  優奈が頬を赤らめて何か言っていたが、それ以降の記憶がない。  ショックだった。ただただショックだった。  親友と片思いの彼が両思いだった。  しかも、思いが通じ合って恋人同士になってた。  いつか、自分が……彼が私を好きになって告白してくれる。  そんな夢ともいえない妄想をしていた。  でも、現実は……彼は親友を選んだ。  野原 優奈は私からみてもかわいい。色白の肌に、大きな目が印象的で、それを小さい顔がより引き立たせている。体も、きゃしゃで大切に扱わないと折れそうだ。そして何より、声がアニメの声優になれそうなくらいかわいい。  ずっと、好きな声だなと思って聞いていた。  それなのに、今は、優奈が彼の名前を呼ぶたびに辛くなる。 「でね。今度の土曜日に私と羽澄と奏太くんの三人で遊びに行かない?」  無邪気に提案する優奈は本当に幸せそうだ。  私の気持ちを知らなかったのだから、当然、何の気づかいもない。  私も、私なんかが彼を好きになっても無駄と言い聞かせていた。  言い聞かせながら、何かのきっかけがあれば好きになってくれるんじゃないかと期待していた。 「いいよ」 「やったー! 最近、奏太と週末を過ごすことが多いから、羽澄が一人で寂しいんじゃないかと思っていたんだ。前みたいに遊ばなくなったからさ」  大きな目を細めて笑顔を向ける優奈。  二人一緒にいるところを見たくなくて、近づかないようにしていたことも知らないのだろうなと思いながら返事をする。 「でも、ちょっと、予定があるんだ」  彼のそばにいたいけど、優奈と一緒のところを見せつけられるのは嫌だ。そう思って反射的に断っていた。  でも、一緒にいる時間があれば……いや、それはない。  自分に都合のいい妄想が浮かんだが、すぐに否定する。 「何? 大切なこと? 私、羽澄と一緒に遊べるの楽しみにしてるんだよ」  かわいい声が私を追い詰める。 「わかった。そっちを優先するよ」 「ありがとう」  ぱっと明るい笑顔は、少し前まで、成績が悪くて落ち込んだ時も、男子にからかわれて嫌な気分のときも、私を励ましてくれた後、私が立ち直れた時に向ける笑顔だ。 「おはよう。今日は、よろしく」  待ち合わせの駅前に来るとすでに奏太くんが、まっさきに気が付いて声をかけてくれた。  その前には、優奈と一緒にスマホで動画を見て笑っているところだった。  気づかれなければ、そのまま帰ろうとしていた。  やっぱり私は邪魔な人間だと思って。 「おはよう。こちらこそ」  優奈も笑顔で迎えてくれる。 「じゃあ。行こうか」と奏太くんが言うと、優奈と並んで駅へと向かう。  仲良く笑いあう二人を見ながら一つ心に決めたことがある。 自分の気持ちを今日は最後まで隠し通すことを。  遊園地は7月の七夕で入り口で願い事を書く短冊を配っていた。  それをもらっても、書くことなどない。  結果は見えているのだから、そう思ってバッグの底のほうにしまった。  いろいろな乗り物にマスコットキャラとの記念写真。待っている間にも、二人とも、気を使って私に話しかけて来てくれる。 「ちょっと、トイレ」 「うん」  もっと悲壮な気持ちになるかと思っていたけど、三人で楽しく過ごしている。  来てよかったと思った。 「今日はありがとう」  ベンチで隣に座る奏太くんに少しドキドキしていた。  心臓の音が聞こえないといいけど。 「いいよ。とくに予定もなかったし」 「あれ? 何かあったって聞いたけど」  はっと思い出す。優奈と奏太くんの仲を見せつけられるのが嫌だと思って一度、断ろうとしたことを。 「ああ。大丈夫だったの」 「そう。よかった」  奏太くんの笑顔に自分もほっとする。 「実は、優奈が、羽澄ちゃんが最近、元気がなくて、前ほど、楽しくなさそうだって言ってて、『何かあったって聞いても』何も言ってくれないし、一緒にいる時間が少なくなった自分のせいで落ち込ませているんじゃないかって心配してるんだ」  優奈がそんな風に心配してくれていたことに少し胸が熱くなる。 「やだ。そんなこと、気にしてたの。そんな気を使わなくていいのに」 「そんなことできるわけないよ」 「優奈にとって君は大切な友だちだよ」 「?」 「オレにとっても」 「え?」  胸がドキンと一つ大きく鳴る。 「優奈の親友だから」  泣きたくなった。そうだ。どんなに思っていても、私のことは優奈の友だち以上でも以下でもない。 「心配しなくても、大丈夫だよ。そんなに落ち込んでいるように見えた?」 「うん。辛そうだって言ってた」  奏太くんがまっすぐに私を見る。その意味は……友だちの友だちだ。 「オレたちのことに気を使っているなら、優奈は、また、もとのようにもどりたいから、付き合うのをやめようと思っているんだ」 「!」  声が出なかった。  優奈が好きな人と別れることを選んでまで自分と一緒にいる時間を大切にしてくれているとは……。  だったら、親友としてやることは決まっている。 「……ばれちゃった?」  はははと頭をかいて笑ってみせる。 「じゃあ」 「あ…早まんないで、最近、成績が悪くて、親から、『そんなんじゃ、大学行けないよ』って言われたり、プレッシャーだったんだ。でも、優奈、頭いいでしょ、私に気を使って、奏太くんと一緒にいる時間削ってでも、一緒に勉強やろうって言い出しそうで、だから、黙ってたんだけど……」  奏太くんが拍子抜けしたような顔をしてみている。  うまく本心を隠し通せた。 「ごめんね。心配させちゃって、大丈夫だから」 「そうだったんだ」  奏太くんが本当に安心したように息を吐きだす。  優奈と別れるかもしれないと思って不安になっていたんだと伝わった。  この気持ちは隠し通さなくちゃいけない。 「うん。だから、今度は勉強会しようよ」 「わかった」  奏太くんが笑顔を見せると、優奈が戻ってきた。 「次、観覧車に乗ろう」 「私、疲れたから二人で乗ってきて」 「でも……」 「大丈夫だって…」 「じゃあ、行こう」  奏太くんが優奈を連れていく。  二人が観覧車に乗ったことを確認してカバンの底にしまった短冊を取り出してペンを持つ。  書く願いは決まっている。  この隠している気持ちが消えてなくなれ。  
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